2025年11月23日(土)横浜ひまわり家族会「秋の市民公開講座②」

講師:一般社団法人福祉コラボちむぐくる とちぎステップ家族相談室室長 渡邉厚司先生
テーマ:「このままじゃまずい、でも使いたい」と揺れる本人に、家族ができること
~「本人」から「当事者」への変化をサポートするために~

横浜ひまわり家族会としては毎年恒例となる渡邉厚司先生の研修会が開催された。
先生のユーモアを混じえた解りやすい講演は好評で、三連休の中日という日程であったが、外部からの参加を頂き依存症の理解を深める研修会ができました。 。

今回の研修は「アディクションとは何か」「アディクションを理解する」分析から、AAの成り立ちとそこから生まれた12ステップの考え方、アディクトと家族の関係性と家族の介入の考え方、重要性についての研修となり、これまでの十数年にわたる研修会の集大成のような広範囲にわたる研修会となった。

今回の研修会で特に記憶に残っていることを下記する。
(1) 依存症の本質は「快楽追及」ではなく、「心理的苦痛の減少・緩和」
心理的苦痛から逃れるための「嗜癖行動」が依存行動であり、当事者にとってのサバイバル・スキルである。
(2) 本人から当事者へ
本人=「問題を抱えている人」、当事者=「治療(ケア)の場に乗った人」であり、本人から当事者へ移行するために家族の介入(初期介入)が必要になる。
(3) 外在化、物語の書き換え
内在化(原因)の物語から、外在化(結果)の物語へ。
「自分との戦いの物語」から「自分を支配するモンスターとの戦いの物語」へ。
(4) アディクトへの支援(家族としての対応)
① 発見と初期介入、
② 状況を明確にする、
③ 暴力への対策、
④ コミュニケーションを変える、
⑤ 望ましい行動を増やす、
⑥ イネブリングをやめる、
⑦ 自分自身のケアを大切にする、
⑧ サポートを受けることを提案する。

アディクションは紀元前から数千年に渡って存在するのに対して、治療体としてはAA創生から百年に満たず、これからどんどん治療・回復へ道筋ができ、家族から不要な悲しみがなくなることを望む。

2025年10月11日(土)横浜ひまわり家族会 2025「秋の市民公開講座」

講師: 近藤あゆみ先生 (国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部NPO法人八王子ダルク家族支援事業SMILE)

講演テーマ:家族の傷つきと癒し〜内的家族システム(IFS)の再統合

今回の市民公開講座は、これまで、数々の研修をしていただいている近藤あゆみ先生にお願いしました。家族の依存症問題で、日々あたふたしている私達が、自分のことを見つめ、癒されていくようになる、自分を自分で癒せるようになるための、内的家族システム(IFS)の研修でした。 私達は、色々な場所で依存症についての勉強や分かち合いをしておます。しかし、前に進もうとするだけでは自分の傷ついた部分は良くなっていきません。自分に目を向け、自分のケアをていくことはとても大切なことになります。まず自分をいたわることができ、はじめて他の人への(家族への)支援の質が上がる。。。とのことでした。

①自分に気づく 自分の中にある、好きなところ、嫌いなところ、いろんな自分について考えてみましょう。体感、思考、感覚。。。多方面から自分を見つめてみます。素直に頭に、心に浮かんだものを書いてみました。この作業の中で好きな自分と嫌いな自分は相互しているということです。矛盾するような自分が、どちらも私の中にいるということ。その矛盾に気づくことが、このIFSの学びの中では必要なことだそうです。

②私のトラウマ 人は誰にも大小様々なトラウマを抱えています。 先生は依存症を回復させていくにはこのトラウマの治療が不可欠と思い、その支援をされていますが、家族のトラウマ(依存症にまつわるトラウマ、その人の幼少期からのトラウマ両方)に気づき、支援していくことに必要性を感じたそうです。 ここまでの話の中での質問かありました。
Q:本人はお前の(母親に対して)せいでこうなった。虐待された!といいます。母親は、そんなことをした覚えはないし、周りの人もそんなことはしていないのでは?という状況のなかで、これは認知の違いで虐待されたととらうまとしてのこっているのか。。そして事実を正すことができたなら、そのトラウマを克服したことになるのか。。という質問でした。
A: 親を責める依存症者は多い。親子関係には「相性」かまある。これは単に性格などで済まされるだけではなくそれぞれに特性があるので、そこから問題になってくる。 子供にADHD気質があった場合は、一から百まで話を聞いてほしいと話をしてくる。その親にADSの特性があった時、その親は話を聞こうとできず、この状態が子供にとっての虐待の認知になる。。 つまり、どちらも悪くないのに、うまくいかない親子になってしまう。子供にとっては「話を聞いてくれない親」になる。 この話はとても参考になります。
Q: 薬をやったのはお前のせいだ!望まれて生まれていない。かわいがってもらえなかった。でもかわいがってもらったことは分かってる。つらい思いを分かってくれない。と、言われてしまう
A: 多くの家族の中で起きている問題。親の期待をはねのけられない子ども、デリケートな子供に問題が起きやすい。しかし、親に文句を言えるというのは、いろんな自分が見えてきているということ。回復が進んでいるということ。しかし親子だけで解決するのは危険なのできちんとサポーターとともにやっていくことが大事。 これもどの家族にとっても心に残る答えだと思いました。

③薬物問題が引き起こす家族の心の傷 依存症本人が薬によって変わっていき、その姿を目にし続けたわたしたちはさらに社会の目を気にして生きてきました。わたしたち家族には心の傷があるのです。その傷をなかったことにせず、見つめようと思わないと、その傷は見えてこないということだそうです。 内的家族システム 人の心には複数の部分パーツがあり、核となるセルフというものがあります。一部のパーツは人との関わりによって生じた傷に対して、防衛的な役割を果たす この、防衛的なパーツと、傷ついたパーツ、両方のニーズに対応していくことで、内的システムの平和をもたらすという考えだそうです。 依存症の場合、このパーツが一部暴走した時、それはうまく働かなくなります。セルフはパーツをケアできなくなりその人の悪い状態(依存状態)となります。 このパーツの暴走には、トラウマが関係しているとのことです。大きすぎる、痛すぎる傷を舞うために起きる暴走てす。 このあと、それぞれ、書き出した自分の好きな自分嫌いな自分をパーツマップに書き写し、埋めてみました。自分のパーツの対話するときには、 @何かいいたいことはあるか? @そうしている理由は? @思いやりをもって共感して という気持ちではなすそうです。

11月30日開催2024年秋の市民公開講座②

講師:一般社団法人福祉コラボちむぐくる とちぎステップ家族相談室室長の渡邉厚司先生

テーマ/「境界線という力~わたしは“わたし”、あなたは“あなた”~」

渡邉先生は横浜ひまわり家族会とは長いご縁で、何度もお話をしてくださっています。

「境界線」を考える前に大切なこととして、わが国では平均寿命が長く、長寿化の中の親子関係が長く続くようになってきています。思春期や更年期・中年期が長引いていることで親と子が長い期間ともに過ごすことになっているなど、これまでに経験したことのない社会であるということを念頭に置きます。

「家族」や「わたし」を背景(社会など)と切り離して考えることは難しく、世間や価値観が生きにくさや生きづらさを生んでいきます。「世間様」に順応や適応ができにくいと、生きづらさが生まれ「酔い」がなくては生き延びられなくなります。昭和時代は年功序列で生きていけましたが、今はその保証もなく追い詰められていきます。適応できないときにどう生き延びるのか。そんな時に気分の変容を求め「酔い」が必要になります。

「順応」とは消極的に受け入れていくことであり、「適応」とは積極的に受け入れていくことですが、アディクションになってしまう人たちは、過剰に適応しようと無理をします。適応できなくなると自分を責めて自分の中で差別や偏見が生まれて、自分が自分の一番の敵になってしまいます。

「12のステップ」は自分の意志を捨てるという考え方で、これまでの「自分で頑張る」といった教えとは大元の考え方が違っています。「ハイヤーパワー」に任せること、手放すことを謳っています。スピリチュアルなプログラムで、世界観を変える、新しい生き方を提唱しています。

混乱している家族は起こった問題を自分の中に抱えてしまい、原因を自分の中に求め内在化してしまいます。「人」は問題ではなく問題は問題として外在化することが大切です。外在化された問題を考えるときに、その問題を支えている物語があるとのこと。その物語が変われば問題のありようも変わっていきます。通常、私たちは問題の原因を解明し、それを除去したり改善したりすることで問題を解決できると考えます。そのような信念や世界観に支配されています。「問題に振り回されて途方に暮れる物語」「問題に振り回されるだけの情けない自分という物語」という内在化されたものから新しい物語「問題の罠を見破り、それと闘う物語」「問題と正面から戦う勇気ある自便という物語」へと、語ることによって変化を起こします。その結果、問題そのものが変化してい浮きか、結果として問題が解消されていくことがあります。これはアディクションの世界で取り入れられてきた考え方です。

「境界線」の始まりは、成長過程にあります。生まれたときは母子一対ですが、成長とともに思春期が訪れ母と離れ分化、固体化します。子供は親に頼らないようにしていき、親は手放すことを練習していきます。

共依存者のたどる体験・経験は家族の皆さんも思い当たることがあると思いますが、自分がどのように感じているのか何を必要としているのかという自己感覚の喪失や、他人のことで頭がいっぱいになること、他人の行動に反応すること、自分の優先事項を保留する、他人・職務・または状況についての責任を取る、否認システムに巻き込まれているなどです。「助けることが問題や課題」なのではなく「助け方が問題・課題」になります。「善意」「愛」にカモフラージュされていることが多く、底なしの「イネーブリング」になっています。相手が望んだ訳ではないのに「私が助ける機会を必要としている」のです。なぜその行為が必要なのか、自分の心を点検すること、12のステップを学ぶ意義につながります。共依存者は「頼りなげで心深く親心をくすぐる他者や危険なにおいのする相手を探してしまいがちです。他者を助けることで自分に向き合うことを避けたり、無意識に回復することを避けたりしています。家族にとっては依存症者がドラッグになっています。

共依存からの回復と成長のステップは、気づき、問題の本質を認めること、新しい関係のはぐくみ、新しい生き方の実践です。

家族が一人一人の「わたし」の回復をするためには、「イネーブリングから降りる」「家族境界」「世代境界」「個人境界」を健康で健全にはぐくみ、そのどれもが風通しよくあることを目指します。固着した家族内役割があれば柔軟な役割交代が年齢相応な役割に戻していくようにし、親子の逆転があれば修正します。父親の役割(掟としておルールの平易明確化)を復活させていくことが大切になります。境界線を引いて回復していこうという考えを持つことができるとよいです。

家族システムは意識化されないことが多いです。「繰り返しは繰り返しを生む」というフロイトの言葉ですが、私たちは無意識のうちに子供時代に関わった人に似た人物や状況を探し求める傾向があります。動機が無意識だから私たちはそれが繰り返しであることを忘れています。気づくこと、それが境界線を引く第一歩になります。

哲学的であったり、心理学的であったり難しい部分もありますが、心地よい話し方の渡邉先生の研修はいつも自分たちの点検になります。ハイヤーパワーの考え方や、共依存の心理など学んでいく意義の大きいものでした

10月26日開催 2024秋の市民公開講座①

楽になるってどんなこと? Part 4

『家族が抱えるトラウマを知って対処する』

今回は公認心理士・臨床心理士でいらっしゃる原宿カウンセリングセンターの高橋郁絵先生をお迎えしました。先生は従前より横浜ひまわり家族会のアドバイザーとして家族の心に寄り添い、立場を理解して下さり私たち家族の心の支えになっていただいています。

今回は依存症者を抱える家族の誰もが持つ「トラウマ」についてのお話を伺いました。

そもそも「トラウマ」という言葉は知っていてもそれがいったい何なのか、どのように現れてどんな症状を呈するのか、私たちは知っているようで良く分からないというのが実情ではないでしょうか。

先生のお話のポイントは次のとおりです。

・トラウマとその反応について知る
・トラウマの反応に気づいて対応するテクニックを体験する
・トラウマに配慮した、あるいはトラウマをケアし合える家族会の活動について考える

今回、私たち家族が体験する可能性のあるトラウマとは? その現れかたは? よくあるトラウマ反応とは?というところから対処の仕方・安定化の方法(セルフケア)とテクニックを学びました。

途中のグループワークでは3~4名の小グループで各々が自分の体験を通じて何にとらわれているのか、何をトラウマと感じているのかといった話し合いもあり活発な意見交換ができました。

今回はトラウマというものを良く知り理解して対処することの重要性とその対処法を自分に生かすだけでなく、トラウマ的な出来事があった人への声かけに応用することによって居心地の良いコミュニティを作ることができる、つまり家族会活動の原点である「居心地の良い場所」を提供するためのテクニックとして活用できることであるということを学ばせていただく非常に意義のある研修会になりました。

2023年11月19日(日)秋の市民公開講座②

講師:原宿カウンセリングセンター 公認心理師・臨床心理士 高橋郁絵先生
テーマ「家族が楽になるってどんなこと?」PART3
〜傷つきからの回復と、よりよい当事者との関わり〜

 今回は、原宿カウンセリングセンターの公認心理士・臨床心理士である高橋郁絵氏をお招きしての研修会です。
テーマは「家族が楽になるってどんなこと?」の3回目、〜傷つきからの回復と、よりよい当事者との関わり〜についての研修となります。
 研修会の始まりには、「リアル人間ビンゴ」をしました。家族会のメンバーに話しかけることにより、気持ちを和らげたりつながりを持ちやすくすることができました。

 近年は若年層の依存症患者が増えており、家族もこれまでにない支援を必要とされています。依存症本人が未成年であることも多く、「手放して本人は仲間の中で回復する」というモデルだけでは対応しきれなくなっています。ASDやADHDなどの発達障害を抱えているなど、仲間とのつながりを持ちにくいことや、子ども時代の逆境体験などがあり、生き延びるために依存物質に頼ってきたなど、それまでの生き方がどんな風だったのかを知る必要があります。また「もっとひどくならないで済んだ要因」に目を向けることも大切であるようです。生きづらさを和らげる要因や生きる喜びにつながる要因を探すことに目を向けていくと、違った世界が見えてきます。

 依存症の対象に目を向け止めることにだけ注目するのではなく、自分の存在がよいものとして周囲に受け止められているのか、実感を作りだすことが大切になります。家族として、よりコミュニケーション力が求められてきます。周囲との関わりの中で回復していくのは依存症本人も家族も同じです。
 ほどほど良い支援とは、どうすることでしょうか。

 まずは、アディクションの最中はそっとしておいて、緊急性のある時だけ関わる。シラフのときに本人のうれしい活動をする。ましな人生にしたい・幸せになりたいという希望を引き出す。どうしたら本人が困るのかを考え実行する。シラフの時に事実を淡々と伝える。ピンチはチャンス。説得・説教・アドバイス・泣き落としは約に立たないと肝に銘じる。などです。

 家族関係をどう見るのか。その理解と家族相互のサポートも重要です。
世代間境界…親の世代と子供の世代などのことを言います。これは健全な家庭だと、夫婦と子供世代の間に境界があり、情報や感情・空間などを夫婦で共有していますが、歪んでいると母と子供が強く結びついていたり、問題を起こす子どもだけが孤立してしまったりということが起こりがちです。両親の対応を一致させることが大事ですが、難しい場合も多いのではないでしょうか。では、どうするのか。自分の気持ちを伝えるときにはIメッセージを活用する。アドバイスの仕方もうまく活用する。やっていることはおかしくても、その背後にある気持ちは肯定する。どうしようもないことはほっておき、できることをする。相手の行動の責任は相手が引き受けられるように現実を見えやすくするなどです。

家族は一種のシステムでパターンがあります。そのパターンを崩す、どこからでもいいので悪循環を断ち切ることで新しい関係が生まれます。違う行動をしてみることがひとつの関係を生む第一歩になるようです。
 家族のケアは、本来は一番力の強い人が行うべきものですが、逆転している場合が多いです。ケアの提供者が女性=母親というステレオタイプから離れてみてはいかがでしょうか。

 依存症の問題は、ひとりや家族だけで抱えていくのは大変です。家族会への参加が行動を変える一歩になりますが、行きたくない気持ちを持つ場合もあります。そんな時には無理強いせず、自分の気持ちと行動に目を向けて気づきがあると変化の動機付けになります。依存症の世界は「非・常識」です。「常識」によって苦しい子育てを経験していませんか。そこから楽になりましょう。家族会に来ている人が楽しそうに見えたら、来る価値があると思ってもよいのではないですか? そんなメッセージが伝わる研修会でした。

10月28日(土)2023秋の市民公開講座①


テーマ:「依存症と家族の回復について」
講師:一般社団法人 福祉コラボちむぐくる とちぎステップ家族相談室の室長、渡邉厚司先生

 今回は、一般社団法人 福祉コラボちむぐくる とちぎステップ 家族相談室の室長、渡邉厚司先生をお招きしての研修会でした。渡邊先生には前職のころから毎年のように来ていただき、家族の回復について研修会をしていただいています。
【家族とはなにか ―回復と成長に活かす家族理解の視点、「今日一日」 I(私)メッセージに始まりI(私)メッセージに終わるー】をテーマにお話しいただきました。

 アディクションの問題はまだまだ道徳的なとらえで語られることが多いのですが、1985年ころより自己治療的仮説という考え方が台頭してきました。心理的な抑圧や不快を何とかコントロールし生き延びるために薬物の使用をしているとのとらえ方です。依存症の回復には「人」と「依存症の症状」を分けて考えていく必要があります。依存症になった原因を内在化するのではなく、外在化し語ることで自分のストーリーが変化していき、見え方が変化していくと、回復の一歩が始まります。足、耳、口を使って仲間に出会っていく過程が回復へとつながります。

 「家族」とは、子を産み育て社会に送りだし、老いた親の世話と見送りをする「場」です。子を育てるには栄養・愛・安全(秩序)刺激(遊び)社会化(処罰の受容と他者に共感する能力)学習と習慣形成が必要です。
 機能は、家族の働きを指し秩序やその秩序に基づいたコミュニケーション、役割のパターンなどです。
 症状行動とは、「家族を成り立たせるために、症状(行動症状)が起きている」という考え方で、自分を守ったり家族を成り立たせるための行動を言います。個人ではなくむしろ家族システムの中にその症状を必要とする「何か」があると考え、その「何か」を発見し違うものに変えることが家族サポートの視点になります。家族間のコミュニケーションを変えていくということに繋がります。「人」や「人の心」は単体では存在しないもので、他社との関係の中でしかとらえようのないものです。存在そのものがコミュニケーションとなります。
子が育っていくには、「わたし」の誕生が必要です。母との未分化な関係から、成長に伴って離れたり近づいたりを繰り返し、2者関係が育っていきます。思春期に親だけではなく友達や憧れの存在を持つことで、社会に入っていきます。見捨てられる感覚や、飲み込まれる感覚を覚え、不安になりながらも親に頼らないようになっていきます。

 家庭内で繰り返されるパターンを見直し、見えない役割やルールを少しずつ変えていけると家族間の空気が変わり悪循環から抜け出せることがあります。1対1の関係は不安定で影響を受けやすいですが、人が増えると三角関係を作ることができます。その関係も役割に固着してしまうと苦しくなるので、意識して見えない役割やルールから解放されるように自分が変わっていくことが大切になります。
 また、自分なりの守り方で対応できない強く強烈なストレス場面で「あの日、あの時」の外傷記憶が顔を出すことがあります。孤立無援だった時のしみついた記憶をきついながらもミーティングで語り、「今はあの時じゃない」と気持ちを落ち着かせることが少しずつできるようになってきます。切迫感が癒えていき記憶の上塗りができるようになります。その意味でも家族会などの安全な仲間の中で語ることはとても重要なことです。

 家族の変化が本人の変化につながることがあります。
本人の変化を支持する介入の機会で踏まえることは、まず本人が自分の問題に気づき見つめられるようにし、どうするかを感じ考えてもらいます。そして変化を促すこと(変えられることを変えていく)を支持します。その場合に大切なことは、本人のことを大切に思っていることを伝えることです。これからも一緒に歩んでいくことを伝えます。伝え方は「Iメッセージ」で具体的に感じたことを土台にして伝えます。本人の話をジャッジしたり直接関与したりしないようにします。本人の率直な気持ちを言葉にできるように勇気づけることも必要です。
依存症は病気であること、回復と成長を信じること、そのために専門機関に繋がってもらうことなどを伝え続けるようにします。

 家族は家族で、これまで負っていた役割から降りて、主人公としての「わたし」の回復と成長をすることや、家族の境界線を健康で健全にはぐくみ風通しのよい関係を築くことが必要です。
家族間の役割を柔軟にしていき、年齢相応の役割に戻すことや夫婦関係の葛藤を減らしていくことなど意識して変化させていくことが重要になります。家族システムは意識化されないと次世代の家族に影響することを理解しておくことも大切です。

 渡邉先生の研修会は、いつも笑いに包まれながらも家族間の変化の仕方を教示してくださいます。
問題に名前を付けて扱いやすくするなど、依存症の問題とともに生きていくヒントがたくさん詰まった研修会でした。
 
悪いのは「アディちゃん」です。(笑)

11月27日(日)横浜ひまわり家族会 2022秋の公開講座②

<依存症と家族の回復について>

講師:原宿カウンセリングセンター 臨床心理士 高橋 郁絵先生と国立精神神経医療センター 近藤 あゆみ先生。
ゲスト:湘南ダルク・ケア・センター 施設長 栗栖 次郎氏
 
 今回の公開講座は、原宿カウンセリングセンターの臨床心理士・高橋 郁絵先生と国立精神神経医療センターの近藤あゆみ先生に起こしいただきました。
 去年の公開講座のテーマ「楽になるってどんなこと?Part2」~家族と当事者を楽にするためにするちょっとしたコツ~のお話をしていただきました。
 10年ほど前までは、依存症の問題が起こったときには「手を離しましょう。本人の問題は本人に。あなたが楽になりましょう。」という考え方で解決に結びつけていこうとするやり方が主流でした。その後いろいろな研究が進んでいく中で「かかわっていこう」という考え方に変わってきています。「知識を持ちましょう。本人とよいコミュニケーションを持ちましょう。相談を続けましょう。」などのかかわり方です。本人を助けることと、私たちの人生を大切にすることの両方をうまく工夫しながら両立しましょうというとらえ方に変化してきています。
 一口に対応を変える、工夫する、などといっても巻き込まれて混乱している家族には、見えなくなっていることも多いのが現実です。
家族はなぜこんなにしんどくなるのか?まず無理をしていること。眠れなくなること、体が悲鳴を上げているのにそのしんどさを手放せないこと、依存症本人の回復の正解がわからないこと、ほかの家族との関係が壊れてしまうこと。そして一番の苦しみは、うまく育ててあげられなかった、解決してあげられなかったという自責の念でしょうか。
話し方のエクササイズも交え、コミュニケーションの変化についても学びがありました。たとえて言うなら童話「北風と太陽」のような対応の違いでしょうか。圧力をかけて脅してもかたくなになるばかりで、逆に依存症者本人が語れるように会話を進めていく方法などロールプレイをしながら学びました。「人が変われない理由は、変わらなければならない理由についての理解不足で、変わるための具体的な方法を知らないから」と考えて話すのか、または「変化を動機づける有効な方法は、本人に気がかりを自ら話すように促して、その気がかりと共有して確認していくこと」と考えて対応するのか?なかなか変わらないときの心理状態や、変わる用意がない時にいくら説得を試みても無駄になることなど丁寧なお話がありました。
「決めるのは本人。」一見回り道のようで、家族としては不安を感じずにはいられない対応ですが、実は待っている間に本人が自分のこととして考えることで自律性が生まれてきます。「自分の人生のことを自分で決める=自律性の尊重」最終的に決めるのは本人だということを家族である私たちが意識できるかどうかにより変化が起こってくると思います。関わりを通して本人の決断に影響を与えることは可能です。本人の言葉を確かめ、本人の強みや努力を認めて伝えていくことで回復に前向きな言葉が生まれてくるのではないでしょうか。
混乱に巻き込まれた家族が気を付けなければいけないのは、本人との境界線をはるかに超えてしまってさらに混乱していく状況になることです。どこに境界線を引くのかを考えること、またそれを超えて話したいときには同意を得ることなど相手を尊重する姿勢を身に着けていきたいものです。アドバイスをしたいときにも依存症者本人に許可を得ると少しはスムーズにいくかもしれません。本人が混乱して暴力があるときには、「逃げる」ことを最優先することも大切です。
「毎日は小さな選択の連続。ひとつの選択が一歩先を照らしてくれる。小さい選択を繰り返すことで道が作られる。」
恐れず、少しの勇気をもって一歩を踏み出せるようになりたいですね。
高橋先生、近藤先生、湘南ダルクの栗栖さんも加わって、参加者の質問に丁寧に答えてくださり、公開講座は終了となりました。

10月23日(日)2022秋の市民公開講座①

<依存症と家族の回復について>
講師:(一社)福祉コラボちむぐくる とちぎステップ家族相談室 室長 渡邉 厚司 先生
 
 今回は、何度もひまわりの研修会に来てくださっている渡邉厚司先生による『「12のステップ」という生き方の指針・原理に学ぶーアディクションからの回復と成長について考えるー』というテーマの研修会でした。
 まず、アディクション(依存症・嗜癖)の語源ですが、古くはローマ習慣法による借金奴隷にまで溯ります。この言葉が「奴隷になる」から始まって「何かに囚われる」→「○○に嵌って抜けられなくなる」といった些細なことにまで使われるようになっています。
「依存症」(アディクション)が意味していることは、自己治療仮説つまり生き延びるために必要とするアディクションというとらえ方があります。1次的ないたみや傷つきを癒し生き延びるために使っていたものが、2次的な症状を引き起こしてバランスが取れなくなります。「嗜癖行動」が激しいということは「抱えているテーマ」がそれだけ深く重いということになります。
依存症への理解がなかなか進まない背景は「道徳の問題」と位置づけられることが多い、とりわけ日本ではそう理解されることが多くあります。「自己を適切にコントロールすべし」という近代的規範(呪縛)こそが元凶となり、「意志が弱い」ダメな人間として理解されてしまいます。本当は「近代社会の狂った前提(構造)」が生きづらさを生んでいるといいます。
 今回の研修会でチャーリー・チャップリンの映画「モダンタイムス」が引き合いに出されていました。
人が社会の部品とされ、流れにうまく乗れない人は「ブラックシープ」(厄介者・もてあまし者)とされ阻害されていきます。しかし人生で逆転は期待できなくても「ブラックシープ」のまま誇りをもって生きるという選択をします。自分なりの幸福を追求し、人間性を回復していくこと、生きにくさや生きづらさの中に自分の身を置いて生きていこう、自分のホームに帰ろうとエンディングを迎えます。
 「12ステップ」とは、AAという共同体の中で生まれた生き方の指針です。AAは「宗教でも心理学でもなくスピリチュアル」なものとしてとらえられています。近代合理主義が「神」や「スピリチュアルな存在」を非合理的なものとして排除したことがアルコール依存症の原因という思想も生まれました。 
 「共依存」は依存症の世界ではよく使われる言葉です。「自分の存在論的安定のために、自己」の欲求を定義してくれる人を必要とする人」という意味で使われています。近代社会では自分で自身を常にチェックしながら軌道修正ができることが求められる社会になっていきましたが、そこからこぼれてしまう人が「共依存者」として理解されるようになってきました。
 「12ステップ」の考え方も歴史の中で変遷を遂げました。今、どのように理解していくのかがか私たちが生きるヒントになります。
「人生を他者のために生きるというのは大きな満足をもたらすものだが、このように生きるべきだと指図してくる他者のために生きると、どうしても破壊的になってしまう。よかれあしかれ、自分の人生は自分で選ぶべきだ。」
「ミーティングで行われること。それは『お互いの弱さを開示して知らせる場で、分かち合われる正直さによって苦境を切り抜けていくこと』である。」
【AAに学ぶ~その思想(人生の考え方)・哲学(人生の生き方)~より抜粋)】
 改めて「12ステップ」を心に刻んで新しい生き方に挑戦していこうと思いました。

2021年 秋の市民公開講座10月24日(日)

講演:筑波大学大学院 人間総合科学研究科 准教授 森田展彰先生 

 今回の秋の市民公開講座は、筑波大学の森田展彰先生のお話でした。「親のアディクションが子どもに与える影響とその支援」をテーマにお話をしていただきました。
 保護者が薬物事犯で収監された場合、子どもは養育者がいなければ児童養護施設に入所する場合があります。大体は、子どもは親の状態を知らないままであり、出所と同時にまた一緒に暮らし始めます。しかし、子どもたちへの支援はなく、子どもの治療は同時にできていないことがほとんどです。親のアディクションは子供への影響が大きく、子どもたちは傷ついています。児童思春期に、アディクションがかかわる状態では、子どもにアディクションが生じる場合と、家族のアディクションが影響している場合があります。子供のアディクション問題も、家族における葛藤や暴力あるいは家族の依存症や精神障害が関係することが多いと言えるそうです。児童の思春期にこうした背景がある場合、見逃さずに対応することが世代間連鎖を防ぐことにつながると考えられます。アディクションと養育の問題は相互に影響を及ぼしています。
 親のアディクションが養育に影響を与える場合、子ども時代の逆境的体験が累積的に成人になってからの健康問題を悪化させたり、死亡率をあげたりする原因になるそうです。

 依存症を持つ親の養育が生じる児童の問題として、依存症になる・気分障害・人格障害・摂食障害など、精神障害や健康上の問題、学校不適応、犯罪、自殺、自尊心の低下など広範囲の問題が多いことが示されています。安心できる環境がないため安心を求めようと薬物にはまり、自己肯定感が低くなっていくなど、悪循環にはまっていきます。親の抱える問題を子どもの口から発するのは非常にハードルが高く、言える場もないことから追い詰められてしまうのです。子供が親の依存症の症状に振り回されたり、生活上の困難を感じたりすることが増えていきます。ヤングケアラーとして、親の世話に過度の責任を感じることもあります。自分のことより親のことで手いっぱいで大人になってから生きにくさを感じて行きます。虐待のリスクも高くなります。
 依存症のある親の元で育った人の調査によると、相談できる人がいなかったと答えた人が67.4%と最も高いそうです。75%の人がうつ病や躁うつ病にかかってしまうなど、受けた影響の大きさが想像に難くないと思います。ほとんどの人が依存症の説明をされておらず、わけがわからないまま問題に巻き込まれ、不安な生活を強いられてきたと言えます。子ども時代にきちんと説明を受けていたら「自分や親を責めなくてもよかった」「わけがわからない状況にさらされる恐怖や無力感を減らせた」「家庭で起きていたことを知り、相談や対処ができた」と考える人が多くあったそうです。
 支援者にはぜひ、このような当事者の気持ちに寄り添い、支援にあたっていっていただきたいと願うばかりです。
 またそのような環境で生活してきた人たちが大人になってから、心の病を持つ人と持たない人がありますが、その違いを比較した結果、かからなかった人たちは、親の精神疾患に対する心理的負担感が少なかったこと、首尾一貫感覚(人生を見渡せる感覚)が高く自分が生きている状況が理解でき人生に意味を感じていたこと、幼少期の逆境的体験が少なかったこと、親から自律性や主観性を尊重されていると感じていたこと、精神疾患を持つ親が治療していたことを知っていたなどの理由が挙げられるようです。
 調査からいえる大切なことは、以下の通りです。

子どもに依存症や治療のことを伝え、その話題に関してコミュニケーションができるようにする。
子どもの自主性を助ける関わりが重要。
子ども自身が自分の人生をやっていけると思えることを助ける。
子どもが親の依存症の影響を減らす。そのためにも親が治療を受けて、子どもだけがなにかと対応しているのではなく、外の人にも手伝ってもらえるようにすること。

依存症など精神疾患を抱える親と暮らす子どもへの支援は、子ども自身が自分でハードルを一つずつ超えるために援助できるようにシステム作りが必要です。親子だけでなく兄弟の問題もあるので、視野を広くして取り組んでいけるといいと思いました。
最後にプルスアルハなどの依存症に関する絵本の紹介がありました。

2021年9月25日(土)「2021秋の市民公開講座<9月講座>」

今回の「秋の市民公開講座」9月講座は、マロニエ医療福祉専門学校医療学部 学科長であられる渡邊厚司先生をお招きしての開催となりました。テーマは「回復と成長につなぐコミュニケーション~その点検道具のガイド~」です。
先生は、刑務所のメンタルヘルスプログラムにも携わっており、受刑者の7~8割は何等からアディクションの傾向があるといいます。先生ご自身はアディクションの本人や、家族と出会ったことでご自身が救われていると感じるそうです。
 人との関係の中で困りごとがあっても、解決するための道具を人はなかなか見出せません。依存症も問題に巻き込まれて、どうにもならなくなった本人との関係をどう整理するのか。交通整理をするためのコミュニケーションの道具を紹介してくださいました。
 「アディクション」とは、近代社会のなかで生まれた病気です。人間が商品化されてきた社会の中で、薬物に手を出した人は、商品としての価値が下がってしまいます。いわゆる「傷物」として生きていくのには近代社会はあまりにも過酷となります。高い商品価値が無くなったとき、「酔い」を求めて薬物を使用し、酔うことで自分を守るしかなくなるのが近代社会です。周囲にとらわれ自分の息を殺して、感情を感じないようにする、そのために酔いが必要になってくるのです。「私としての生き方でいいんじゃない?」そう思えてこそ、「酔い」ではない生き方・自分を守る違う方法を見つけられるといいます。
 本人との関わりの中で、本人を変えようとしてしまうこと。本人を変えることがすべてになり、家族も自分自身を見失い、相手がすべてになっていきます。それは家族として依存症の問題に関わったことがあるならだれもが通った道です。人間関係は変えられないのに、正解があると思い込み呪いにかかっていきます。その思い込みはしみついてとらわれてしまいます。本人も自分を変えようとする人にしか出会ってこなかったという人が多いようです。問題を整理して取り組めることに目を向けていくことがスタートです。
子どもが成長していく中で、おむつが取れた時が「自分」になる第一歩だそうです。おむつをつけていると替えてくれる誰かが必要です。そしてこの時期には他者に通じる言葉を持ち始めます。
イネイブリングは、大人におむつをつけ、世話をしている状態だと言います。
本人との関わりで、うまくいかないパターンを知ることも大切です。悪循環を引き起こすパターンを知れば回避することができるようになります。
 何かを伝えたいときに「アイメッセージ」で伝えるようにすると、対立しないで伝わるようになります。肯定的に伝え、「安全・安心」や「気づきと受容」「自信と自尊心」の流れを意識することが重要になります。伝えるのは「願い」として、しかし「願い」をかなうかかなわないかは自分の問題ではありません。誰にとっても悩みと戦うことは苦しいことです。一歩距離を置いて味わう感覚でいられると少し楽になります。苦しい感情は家族会で聴いてもらい、気持ちを整理することがとても大切になってきます。家族が楽になることは、本人も楽になります。
 「パウンダリー」は心理的境界線といわれます。パウンダリーの側面は①体②考え③気持ちの3つです。考えや気持ちは違っていて当たり前ですが、依存症の問題が起こるとそれが見えなくなりがちです。
家族内の役割は固定されがちですが、それを壊して新しい関係を作っていくことも必要になることがあります。決まった役割から降りて、その関係性を風通しの良いものにしていくことも大切です。
依存症者は、「自分のままを受け入れていく」ことにより、新しい生き方を覚えていけると薬は必要でなくなっていきます。変えられないところを「受け入れて」「責めず」に「恥じない」「自分に対する怒り」を受け入れる
ことができてくると、回復がずいぶん進むようです。
 
毎回、渡邊先生のお話に救われ、教えていただいた道具を実践してきました。状況がぐんとよくなるわけではないですが、自分自身の心を整理し、自分を大切にすることを学ぶことができました。
今回も依存症者本人を「宮様」と思って距離をとるお話をしてくださいました。この考え方は多くの苦しい状況に風穴を開けていきます。今、苦しくて困っている家族はぜひ、実践してみてください。