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2025年2月16日(日)第10回「薬物依存症者と家族」オープンセミナー

2016年に始めたオープンセミナーも今回10回を迎えることができました。多くの皆さまと依存症問題の共有ができ、多くを学びができましたことに感謝申し上げます。
今回の基調講演は、神奈川県立精神医療センター依存症診療科部長の青山久美先生による『家族から始まる回復の連鎖』と題してのご講演です。青山先生のもう一つの専門である児童精神科と合わせて、小児期の逆境体験と依存症の関連についてもうかがうことができました。会場とZOOMオンライン合わせて、174名の参加をいただき、多くの方と沢山の事を共有できました。

まずは、横浜ひまわり家族会のさくらさんの体験談です。
14年間の月日、今日のことしか考えることができなかった。という冒頭の言葉に、皆うなずいていました。薬物使用に対して、親は、私がなんとかしなくては、やめさせなくてはと躍起になります。感情にまかせて泣いたり怒ったりしていたとのことです。病院に貼ってあったポスターのキヤッチコピー『依存症は愛情だけでは治らない』を見て家族会につながり、家族会の中で学び、学んだことを実践していくと、息子は少しずつ変わってきたとのことでした。依存症本人との同居生活は不安と疲労感が続く…だから、これからも仲間とともに学び続けたい。という力強い言葉をきくことができました。

次の当事者の体験談は、横浜ダルクの純さんでした。
9年前、夫の薬物の問題で家族として私達ひまわりの仲間だった純さんは、その後当事者であることをカミングアウトし、自助グループに行くようになりました。今は横浜ダルクにも、通所しています。小さい頃に家族と別れ、親がいない純さんは、預けられた親せきからも、虐待をうけることになったそうです。たばこ、シンナーを覚え、暴走族に入り、やがて覚せい剤を覚えていきました。その後出会った夫にも、覚せい剤を教えてしまい、旦那さんはどんどんはまっていきました。自分は自然とやめることができ、その中で気づいた、自分の夫に対する「共依存」。沢山もがき苦しんだ純さんは、今は自助グループの中で仲間と共に、逃げずにプログラムを継続しています。
彼女の幼少期のつらい体験は、彼女の人生を変えてしまったのかもしれません。しかし、このような体験をのり超えて、回復していく姿に希望を教えてもらいました。

基調講演の青山久美先生はひまわり家族会でも以前に講演いただきました。

今回の講演テーマは『家族から始まる回復の連鎖』です。
「依存症の人は、自分の感情にうまく気づいたり、言葉にしたり、人にSOSを出すことができず、依存性のある物質や行動で対処をするようになる。
家族は人に相談できず、自分で何とかしようとして、健康的な対処ができなくなり、家族自身の体調を崩すようになる。
ではその解決方法はどうすればよいのか。その大きな課題を、先生が具体的な事例も含めわかりやすく教えてくださいました。

➀今どきの依存症事情
②背景にある、複雑な生きづらさ
・愛着障害としてのアディクション
・依存症リスクと17項目の小児期(15歳以下)逆境体験
・信頼障害仮説
小児期の愛着障害や逆境体験が要因で、依存症になる方がいます。困難な養育環境は、心の病のリスクを高めるからです。そのような体験が、人を信じられなくなり、ストレスへの対処能力が低く、物資や行為に依存するようになります。人に頼ることができるようにになり、依存物質や、依存行為から距離をとることで、依存症からの回復につながっていくのです。とのお話しでした。

①、②についての説明の後、家族が元気になるためのお話をしてくださいました。
➂見守る家族が元気になるために。
・本人とのかかわり方を学ぶ。
・本人に話しかけるときは、「私は」を主語にして話す。
・感情にまかせない。正したい反射を出さない。
・依存症の人は、欲求や渇望があるのは当たり前の事なので、それを叱ったりしない。
・金銭的や後始末、本人の代わりに本人にとって都合のいい噓をかわりにつくなどの「尻拭い」はしない。

家族が子供の場合
子供のための支援を充実させることが必要。
子供が安心と安全を感じられ、気持ちを受け止めてもらえる場所を作る
子供たちの支援者も、依存症を知り親子で支援してもらう。
また、年齢にもよりますが、子供に「依存症」という病気について説明することも大切。

家族が大人の場合
まず、自分が元気になる。
自分に目を向け、自分がホッとできる時間、楽しいと思える時間を持てるようにする。
家族会や家族教室に顔を出してみる。

私たち家族は依存症の問題が起き、疲弊していきます。そして自己憐憫に陥り毎日が苦しくなります。しかし依存症について正しい知識を身につけ、安心して話せる仲間を見つけていくうちに、私たちは元気になれるのです。
家族が回復すると、その姿を見て、依存症者本人の回復が始まっていきます。家族会という安心安全な場所、仲間の中で回復の連鎖が始まっていくのです。
そのために家族は、愛情をもって手を放していき、本人との適切な距離をもち、家族自身が心にフタをしない生き方を学んでいくことです。どうしたらよいかを学ぶことのできる家族会の重要性をあらためて感じました。

Q&Aセッションでは、登壇者に青山先生、横浜ダルク施設長山田貴志氏、湘南ダルク代表栗栖次郎氏、横浜ダルクスタッフ ソウさん、純さん、そして、ファシリテーターに、国立精神・神経医療研究センターの片山宗紀氏でした。会場・zoom参加者から、たくさんの質問が寄せられました。

まず、本人との距離の取り方についての質問。
本人の体験や年齢、もともとの家族関係にもよりますが、自分たち(家族)だけで判断せず、それでよいのか、よかったか、など、相談、評価できる支援者や仲間がいるとよい、そして、言い方に気を付けたり家族が巻き込まれない状況を作っていくことが大事である。とのことでした。

また、もし自分に近い人が、薬物を使っていたらどうしたらよいのかの質問。
これも一人で抱えず、信頼できる人に相談して行くこと。あなたはどうしたいのかと、問いかけてあげること、など、それぞれの立場でお答えいただきました。

また「愛情のかけ方」についての質問では、
登壇者のみならず、会場からもそれぞれの立場で感想がありました。なんでもやってあげることが愛情ではないこと。家族が助けないことが必要な時もあること。障がいのあるご家族は愛情があるからこそ、自立を目指した経緯などが話された。親が子に対して、適切な距離をもって愛情を注ぐのがどれだけ難しいものか。でもそれをしなければ…。ということを痛感しました。感じるものが多い意見交換でした。

今回もたくさんの方が参加してくださいました。ありがとうございました。この依存症の問題は依存症者本人も家族も一人では抱えきれない問題です。仲間の中で元気を取り戻し回復の連鎖が起きますよう願っています。

2025年1月25日(土)横浜ひまわり家族会 研修会

講師:NPO法人あんだんて 女性サポートセンターIndah(インダー)代表 小嶋洋子氏

横浜ひまわり家族会では2~3名の女性アディクション家族が在籍しており、インダーの小嶋代表の研修会も過去に数回実施しています。今回はひまわり家族会のためにパワーポイントを新規に作成していただき、ご自身の過去の壮絶な経験から、回復のきっかけ、インダー設立の経緯までお話を伺うことができました。2012年のインダー設立(横浜市の許可)から開所までに1年以上を要したとのことで、薬物依存への偏見によって地域から反対の声が多かったようです。神奈川県で初めての女性依存症者回復施設としての功績が認められ、2023年に社会貢献者の表彰を受賞されている。

今回の講話で特に記憶に残っていることを下記します。

(1) 仲間の大切さ。
依存症=コミュニケーション障害、と言われるように、依存症によって孤立することで依存を悪化させてしまう。同じ仲間として、通じ合えることが大切。
(2) 五感を育む。
インダーのプログラムは、ミーティングは一日一回とし、他は創作作業、料理、農作業などを行っており、「仲間と楽しむこと」をモットーとしている。
(3) 女性に合わせた回復プログラム
毎日のミーティングは女性には苦痛である。家事や育児を担っている人は、すべてに参加することは困難であり、自分のペースで参加する方向としている。

女性ならではのゆっくりとした回復、という考え方は有りと思います。
最後に質疑応答にもじっくり対応を頂き、ありがとうございました。

11月30日開催2024年秋の市民公開講座②

講師:一般社団法人福祉コラボちむぐくる とちぎステップ家族相談室室長の渡邉厚司先生

テーマ/「境界線という力~わたしは“わたし”、あなたは“あなた”~」

渡邉先生は横浜ひまわり家族会とは長いご縁で、何度もお話をしてくださっています。

「境界線」を考える前に大切なこととして、わが国では平均寿命が長く、長寿化の中の親子関係が長く続くようになってきています。思春期や更年期・中年期が長引いていることで親と子が長い期間ともに過ごすことになっているなど、これまでに経験したことのない社会であるということを念頭に置きます。

「家族」や「わたし」を背景(社会など)と切り離して考えることは難しく、世間や価値観が生きにくさや生きづらさを生んでいきます。「世間様」に順応や適応ができにくいと、生きづらさが生まれ「酔い」がなくては生き延びられなくなります。昭和時代は年功序列で生きていけましたが、今はその保証もなく追い詰められていきます。適応できないときにどう生き延びるのか。そんな時に気分の変容を求め「酔い」が必要になります。

「順応」とは消極的に受け入れていくことであり、「適応」とは積極的に受け入れていくことですが、アディクションになってしまう人たちは、過剰に適応しようと無理をします。適応できなくなると自分を責めて自分の中で差別や偏見が生まれて、自分が自分の一番の敵になってしまいます。

「12のステップ」は自分の意志を捨てるという考え方で、これまでの「自分で頑張る」といった教えとは大元の考え方が違っています。「ハイヤーパワー」に任せること、手放すことを謳っています。スピリチュアルなプログラムで、世界観を変える、新しい生き方を提唱しています。

混乱している家族は起こった問題を自分の中に抱えてしまい、原因を自分の中に求め内在化してしまいます。「人」は問題ではなく問題は問題として外在化することが大切です。外在化された問題を考えるときに、その問題を支えている物語があるとのこと。その物語が変われば問題のありようも変わっていきます。通常、私たちは問題の原因を解明し、それを除去したり改善したりすることで問題を解決できると考えます。そのような信念や世界観に支配されています。「問題に振り回されて途方に暮れる物語」「問題に振り回されるだけの情けない自分という物語」という内在化されたものから新しい物語「問題の罠を見破り、それと闘う物語」「問題と正面から戦う勇気ある自便という物語」へと、語ることによって変化を起こします。その結果、問題そのものが変化してい浮きか、結果として問題が解消されていくことがあります。これはアディクションの世界で取り入れられてきた考え方です。

「境界線」の始まりは、成長過程にあります。生まれたときは母子一対ですが、成長とともに思春期が訪れ母と離れ分化、固体化します。子供は親に頼らないようにしていき、親は手放すことを練習していきます。

共依存者のたどる体験・経験は家族の皆さんも思い当たることがあると思いますが、自分がどのように感じているのか何を必要としているのかという自己感覚の喪失や、他人のことで頭がいっぱいになること、他人の行動に反応すること、自分の優先事項を保留する、他人・職務・または状況についての責任を取る、否認システムに巻き込まれているなどです。「助けることが問題や課題」なのではなく「助け方が問題・課題」になります。「善意」「愛」にカモフラージュされていることが多く、底なしの「イネーブリング」になっています。相手が望んだ訳ではないのに「私が助ける機会を必要としている」のです。なぜその行為が必要なのか、自分の心を点検すること、12のステップを学ぶ意義につながります。共依存者は「頼りなげで心深く親心をくすぐる他者や危険なにおいのする相手を探してしまいがちです。他者を助けることで自分に向き合うことを避けたり、無意識に回復することを避けたりしています。家族にとっては依存症者がドラッグになっています。

共依存からの回復と成長のステップは、気づき、問題の本質を認めること、新しい関係のはぐくみ、新しい生き方の実践です。

家族が一人一人の「わたし」の回復をするためには、「イネーブリングから降りる」「家族境界」「世代境界」「個人境界」を健康で健全にはぐくみ、そのどれもが風通しよくあることを目指します。固着した家族内役割があれば柔軟な役割交代が年齢相応な役割に戻していくようにし、親子の逆転があれば修正します。父親の役割(掟としておルールの平易明確化)を復活させていくことが大切になります。境界線を引いて回復していこうという考えを持つことができるとよいです。

家族システムは意識化されないことが多いです。「繰り返しは繰り返しを生む」というフロイトの言葉ですが、私たちは無意識のうちに子供時代に関わった人に似た人物や状況を探し求める傾向があります。動機が無意識だから私たちはそれが繰り返しであることを忘れています。気づくこと、それが境界線を引く第一歩になります。

哲学的であったり、心理学的であったり難しい部分もありますが、心地よい話し方の渡邉先生の研修はいつも自分たちの点検になります。ハイヤーパワーの考え方や、共依存の心理など学んでいく意義の大きいものでした

2024年11月9日(土)横浜ひまわり家族会 研修会

講師:国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 近藤 あゆみ先生

テーマは「アディクションとトラウマからの回復」

横浜ひまわり家族会でビギナーさんを中心にアドバイスをしてくださる国立精神・神経医療研究センターの近藤あゆみ先生が今回の研修会の講師をしてくださいました。

「自分の人生に目を向け、深堀り」することは、心に目を向けることになります。イヤな気持ちやしんどい気持ちになり、苦しくなることが多いです。そんなときは無理をせず、自分を思いやることが大切です。

心がしんどくなった時には、

① 呼吸に注目し整える。

② 体にギュッと力を入れて、脱力する。

体がどんな風になっているのか、どこで感じているかをよくみる。

③好きなものを30個挙げてみる。

このようにセルフケアをするとよいです。

アディクションとトラウマには深くて複雑な関係があります。あまりにつらい時には、見ないようにすることも大切ですがどこかで向き合い、断ち切る、または和らげていく必要があります。家族の世代間連鎖や自分のなかのつながりを「安心・安全」を大事にして一人ひとりができることをやり続けることが希望に繋がります。心の傷や痛みを成長しながら目をむけていくことがアディクション当事者や家族の回「トラウマ」とは心の傷になる体験で、その影響による症状があります。心的外傷後ストレス(PTSD)は自分のコントロールを離れて再体験をしたり、無意識に回避したりずっと緊張し続けたりして様々な問題を抱えます。1回の大きな出来事でなくても継続的に経験をしてきた人でもPTSDになりえます。このトラウマは時間とともに小さくなっていくことはないといいます。傷は見えないけれど大きく残っています。

依存症の家族の本人に関する否定的感情が、実は自分が体験したしんどい出来事とつながっていることがよくあるそうです。こんな場合、どう対処どのように対処すればよいのでしょう。多くの場合、否定的感情や強迫観念への反応として「拒絶」(自分との切り離し)します。無視、無感覚、誰かのせいにする、ほかのことに没頭するなどです。傷つきや痛みを乗り越えるなかで安全・承認・愛などの基本的ニーズをみたすための戦略や防衛策をとります。しかしどこかでやはり向き合う必要が出てきます。否定的感情や強迫観念への反応を肯定(自分とつながる)していく過程に入ることです。自分の思考や感覚・感情を認める。ありのままを受け入れる。自分のニーズを調べる。ニーズを満たす、はぐくむことが肯定の段階です。これまで、家族は依存症者に振り回されてきており、自分を思いやる余裕がなかった方が多いでしょう。自分を肯定する作業は、まずリラックスして困難な状況や反応を思い出します。そして自分の思考や感覚、感情を認めていきます。感情を言葉にすることも大切です。そしてさまざまな感情とともにいることを受け入れていきます。気持ちが揺れることもあるので、呼吸が静まるまで待ちます。自分の中で最悪なものは何か、最も苦しい信念はなにかなどを調べていきます。始めはつらくても、練習を重ねるといろいろな自分の気づきにつながっていきます。さらに育むこと、自分の弱い部分が受け入れられ理解され安全であると感じられる方法を見つけていきます。つらい感情に気づき、癒す。他者に手伝ってもらってもよいのです。スカッと嫌な気持ちがなくなるわけではないけれど、いろいろな経験をして生き続けていきましょう。また最後にはリラックスして今の感じをゆっくり味わいます。自分に「大丈夫」と言ってあげることが大事です。

トラウマティックな出来事をきっかけとした人間としてのこころの成長を、「心的外傷後成長(PTG)」と呼びます。「PTG」による5つの成長は、「人間関係を信頼し重視する。精神的変容、感謝、人生の価値を理解し新しい興味を持つ、自分の強さを実感し困難に対処できる。」ことです。

アディクションとトラウマは世代を超えて家族全体を苦しめます。双方からの回復の基盤は「安全安心」と自分への思いやりです。影響と反応に気づき立ち止まれるようになることが悪循環を断ち切る鍵です。苦しみが消えてなくなることはないけれど、苦しみを経験した人ならではの気づきや成長があるということです。

家族の方が自分に向き合うときには、仲間の力があると「安心で安全」なのだと実感した研修会でした。

10月26日開催 2024秋の市民公開講座①

楽になるってどんなこと? Part 4

『家族が抱えるトラウマを知って対処する』

今回は公認心理士・臨床心理士でいらっしゃる原宿カウンセリングセンターの高橋郁絵先生をお迎えしました。先生は従前より横浜ひまわり家族会のアドバイザーとして家族の心に寄り添い、立場を理解して下さり私たち家族の心の支えになっていただいています。

今回は依存症者を抱える家族の誰もが持つ「トラウマ」についてのお話を伺いました。

そもそも「トラウマ」という言葉は知っていてもそれがいったい何なのか、どのように現れてどんな症状を呈するのか、私たちは知っているようで良く分からないというのが実情ではないでしょうか。

先生のお話のポイントは次のとおりです。

・トラウマとその反応について知る
・トラウマの反応に気づいて対応するテクニックを体験する
・トラウマに配慮した、あるいはトラウマをケアし合える家族会の活動について考える

今回、私たち家族が体験する可能性のあるトラウマとは? その現れかたは? よくあるトラウマ反応とは?というところから対処の仕方・安定化の方法(セルフケア)とテクニックを学びました。

途中のグループワークでは3~4名の小グループで各々が自分の体験を通じて何にとらわれているのか、何をトラウマと感じているのかといった話し合いもあり活発な意見交換ができました。

今回はトラウマというものを良く知り理解して対処することの重要性とその対処法を自分に生かすだけでなく、トラウマ的な出来事があった人への声かけに応用することによって居心地の良いコミュニティを作ることができる、つまり家族会活動の原点である「居心地の良い場所」を提供するためのテクニックとして活用できることであるということを学ばせていただく非常に意義のある研修会になりました。

2024年9月2日(土)横浜ひまわり家族会 研修会

講師/横浜ダルク 副理事長 弁護士 千木良 正 先生

今回は、昨年度に続き横浜ダルクの副理事長であられる千木良弁護士を講師にお招きしました。千木良先生はカトリック教会を支援していた縁で2007年からダルクと関わりが始まりました。

社会福祉士でもあり多角的な見方で、依存症の問題に取り組まれています。近年の状況としては、覚せい剤関連の逮捕者はこの10年で半分になっていますが、大麻に関しては逮捕者数が増えており、少年の逮捕者は3倍に膨れ上がっています。若年化が顕著になっています。弁護士として薬物事犯の人たちにどう支援をしていくか、あれこれ考えるけれど無力さを感じることも多いそうです。

まずは、刑事事件としての問題について話されました。

1 覚せい剤で逮捕されたら、まずは弁護士を呼ぶことですが、弁護士にもいろいろな制度があります。

① 当番弁護士制度(私選弁護人選任申出制度)
弁護士会の当番弁護士に裁判所などを通じて接見要請の依頼を受けた時には、前もって当番弁護士の希望者を募って作成しているリストに従って弁護士が派遣されます。家族や知人もライン電話をかけることができます。逮捕者に知的障害や発達障害がある場合には、障害に配慮することができる弁護士を派遣されています。

② 私選弁護人の選任
弁護士との契約により委任。
弁護士費用については各弁護士との個別契約によります。

③ 被疑者国選制度
被疑者が勾留されており勾留された被疑者の経済状況により弁護士費用を負担することが難しい場合に本人の請求等により裁判官が弁護人を選任する制度です。

④ 被告人弁護人制度
起訴された被告人の経済状況等により弁護士費用を負担することが難しい場合に本人の請求等により、裁判所等が弁護人を選任する制度です。

2 起訴前の刑事弁護

① 弁護内容…被疑者に対して弁護の方針を助言、対応をするものです。捜査が適正に行われているかをチェックすることも大切な役割です。

② 接見禁止
接見禁止を解除を求めるか決めます。

③ 刑事弁護人の留意点
被疑者の中には罪を免れたいがゆえに虚偽やごまかしの弁解を重ねるものが少なくないので弁解の信用性を十分に吟味する必要があります。

3 起訴後の刑事弁護

① 保釈申請

保釈が許可される条件

・犯行を自白していること。
・前科・前歴(とりわけ覚せい剤事件)がないこと。
・覚せい剤や注射器等の用具が押収されていること。
・入手経路があきらかとなっており他に譲渡していない事。
・身元引受人がしっかりしており、覚せい剤関係者との接触を断つことが期待できること。
・暴力団関係者・実刑が確実視される覚せい剤の常習者は保釈が許可されにくい。
・保釈金は150万円前後が多い。

② 情状弁護
・覚せい剤の入手経路と仲間をすべて明らかにすること。
・覚せい剤を使用してしまったときの心境を明らかにすること
・生活環境を改善できるか。
・親族の協力を得られるか。
・病院への入通院や薬物依存者の回復支援団体への参加。
・しょく罪寄付(被害者支援団体への寄付など)

③ 裁判が終了したあと控訴をするか否かを判断するまで。(私選弁護人は控訴審を担当することもある。)判決確定後のケアについては基本的には関わらない。

弁護士はダルクを知っている人が少ない状況です。発達障害なども理解している人は少ないようです。

4 判決

① 初犯…懲役1年6か月 執行猶予3年
② 再度の執行猶予…覚せい剤で再犯者に言い渡される刑が1年以下になることはほぼない。
③ 実刑後の再犯…7年~10年程度あいていると執行猶予付きの判決の見込みは高くなる。
薬事犯罪については、ある程度刑罰が決まっているのに、なぜ弁護士が必要なのか?国家を相手に否認事件を一人で戦うのは厳しい。法廷でたった一人の味方が弁護士だという気持ちで臨んでいるのだそうです。

5 身柄について

・執行猶予判決の場合…勾留中であっても判決当日に身柄を釈放されそのまま帰宅できる。
・実刑判決の場合…起訴時に勾留されていなかった場合は、判決が確定するまでは収監されることはない。保釈中であった場合は、実刑判決の言い渡しにより保釈は失効する。判決直後に検察庁の職員が身柄を拘束
・収監される。
・仮釈放…実刑に処せられて刑務所に勾留されている受刑者について、改悛の情がある場合に、一定の刑期を経過した後、行政官庁の処分によって仮に釈放できるとする制度。期間満了までは保護観察に付する。
・一部執行猶予制度…刑期の一部である懲役6か月を2年間の執行猶予としその猶予期間中、被告人を保護観察に処する。犯情の軽重や犯人の境遇その他の情状を考慮して社会内において規制薬物等に対する依存の改善に資する処遇を実施することが再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ相当であると認められること。

次に、民事事件としての問題については以下のことを丁寧に説明してくださいました。

1 借金の問題

① 自己破産…裁判所の手続きにより、債務の全額を面積させる手続き。
② 個人再生…一定の金額を分割で支払うことにより、残額を免除してもらう。浪費などの事情があっても利用は可能。
③ 任意整理…債務者との間で分割弁済の和解をすることで借金の整理を行う。生活保護受給者中は、任意整理をして返済することは認められていない。借金問題は、治療施設に入る前の生活の中で起こっていることが多い。借金の消滅時効などもあるので、専門家に相談することが賢明です。

そして、他害行為についての家族の責任として

1 精神障害者の責任能力が否定された場合
その場合は原則として、その者は損害賠償義務を負わない。

2 責任能力がない場合でも民事上の責任を負う場合
・例外として故意または過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りではない。
例として、違法薬物を使用して第3者に損害を与えると予見できた場合などはこれにあたる。

3 家族に責任はあるのか?
・責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負うものはその責任無能力者が第3者に加えた損害を賠償する責任を負う。
・精神障害者の家族は監督義務者なのか?…判断は事例によって異なる判断が必要であるので専門家に相談した方がよいようです。
借金暴力事件など家族の責任についても丁寧に事例を挙げながら解説してくださいました。

一筋縄ではいかないことも多いので、困ったらダルクのスタッフや弁護士などに助言を仰ぎ、落ち着いて対処するのが一番良いように感じました。

質問の場面では、それぞれの家族が抱えている保釈請求の必要性や借金などの問題を尋ね、わかりやすい回答を得ることができました。

ダルクにつなげようと弁護士が頑張っても本人にその気持ちがなければ繋がりにくい。執行猶予になることを本人も保護者も知っているとなおさら切迫感がなく、回復にはつながらないと感じているそうです。少年事件では、鑑別所で自分で考えることや社会に出ることも大切です。家庭環境によっては、鑑別所で安全に暮らすことが必要な時もあるそうです。

弁護士ももっと依存症に関する知識を持っていてほしいと切に感じているそうです。

裁判で弁護士がつくということは、国家を相手にする法廷でたった一人の味方がいるということだと話されていました。

8月25日(日) 第8回「薬物依存症者と家族フォーラム」

基調講演 / 筑波大学医学医療系 准教授 森田 展彰 先生

テーマ/「当事者、家族、援助者の対話的な働きかけによるアディクションへの対応」

オープンダイアローグ(開かれた対話)

横浜ひまわり家族会のフォーラムも8回目を迎えました今回も家族の体験談、当事者の体験談、専門家による基調講演など多様なプログラムで開催しました。

まずは、家族の体験談です。横浜ひまわり家族会のつむぎさんのお話でした。幼少期から思春期を過ごす中での息子さんの変化やそれに伴う親の心情を丁寧に伝えてくださいました。施設などからいなくなることもあり、胸が張り裂けそうな家族の様子が切々と伝わってきました。出口のないトンネルに迷い込んだような気持ちで自分たちだけで抱え込んでいたけれど、家族会につながったことで人とつながり始め、自分たちが回復していったと結んでいました。

依存症当事者の体験談は湘南ダルクの女性スタッフの愛さんです。他剤を使用しオーバードーズを繰り返していたといいます。父はアルコール依存症者で家の中で飲んでは暴れていたそうです。母は明るいけれど愛さんの気持ちを汲み取ろうとすることがなく、傷つくことをたくさん言われたとのことです。中2でいじめにあい転校。家族には傷つけられそうで「助けてほしい」と言えなかったのだそうです。また父から受けた暴力の影響で傷つき癒されないまま大人になっていきました。20歳の時にうつ病になり通院しましたが母はついてきてくれず、また傷ついていきます。自分が「クスリ」をやめられないのはなぜだろうと思いながら進む日々。当時はスマホなども普及しておらず調べることもできなかったといいます。入院先の主治医が話をよく聞いてくれて方向が変わっていったようです。施設に入寮して両親と距離をとったことが本人にとってはよかったとのことです。自分は自分のつらさを自分で引き受け、仲間と分かち合って回復してきたとのこと。今はスタッフをして仲間の回復に奔走している、多様性を認められる施設を運営していきたいと展望を話してくれました。



基調講演は筑波大学医学医療系准教授であられる森田展彰先生の「当事者、家族、援助者の対話的な働きかけによるアディクションへの対応」と題したお話でした。近年、アディクションが多様化してネット依存やゲーム障害や市販薬、処方薬の依存が問題となっています。未成年や引きこもり問題の当事者も多く、こうした場合に家族は距離をとること以上に安心できる対話的な関係をもつことが重要だそうです。

依存症は、心の中に「安心感」がなくなり外側のなにかの刺激に夢中になることで乗り切ろうとすることで、誰でもなりうる不安解消方法のよくないパターンです。

オープンダイアローグ(開かれた対話)を使うことによって関係性を保ち困ったときに話せるようにしていくことが依存症の現場では重要になります。 当事者や家族はしがみついている「依存症の輪」から一旦手を離すことが大事です。家族の対応がどのように影響するのか。依存症初期の対応では、話すことにより初期のチャンスを増やすことができます。家族は自分が支えてもらえることも大切で、家族会などに繋がりながら対応するのがよいとのことです。重度で慢性の依存症がある場合は、家族と当事者を離す方法が必要な時もあります。それぞれが支援を受け境界線を引きなおす作業をします。距離をとることはその後の境界線のある相互尊重的なやり取り

に繋がります。未成年の依存症者と家族への予防的援助では離れてしまう方法ではなく、同居しながらよい関係を目指す方がよいようです。

ゲーム障害やネット依存症における家族機能の問題として肯定的な家族関係・親子関係の3つの基本的な心理的欲求(①自律の欲求②関連性の欲求③自分の能力を発揮する欲求)がありますが、それらが関わりの中で過干渉や支配的、過保護により依存的になってしまいがちだということになります。その欲求が不足しているとゲーム障害リスクを高めていくようです。ケアの提供として①暖かさの提供②ニーズへの反応③共有されたポジティブな感情の育成が挙げられます。家族は否定するのではなく、ゲームの情報をうまく手に入れて共感する部分を作っていくことも必要になります。


今回の講演の中で、家族会のメンバーがロールプレイをしました。母役、息子役、学校の養護教諭役、カウンセラー役になってゲーム依存の問題をお互いが聴いている中で意見を伝えあうものでした。

未成年の依存症に対する予防的な介入では家族と当事者の関係を幅広く風通しのよいものにしていくことがカギになります。

渦中にいると混乱して、当事者を責めてしまうことが多くなりますが、専門家を交えて開かれた対話をしていくことが依存症治療の入り口に立つ第一歩になっていくと感じました。



Q&Aセッションでは、ロールプレイがわかりやすかったという感想や、当事者が専門家同士の話を聞くことが果たしてよいのかどうかという質問が寄せられました。当事者の愛さんは専門家が自分の前で話してくれることによって裏を読まなくていいので気持ちが楽だったと話されていました。

2024年4月27日(土)横浜ひまわり家族会研修会

講師/群馬ダルク施設長 福島 ショーン氏・代表 平山 晶一

 今回は、群馬ダルクから ショーンさんと平山さんにお越しいただいて研修会を行いました。

現在、群馬ダルクは利用者が増加しているとのことです。刑務所の薬物事犯の受刑者は減少傾向のようですが、大麻の問題が表面化しているといいます。海外では大麻は合法の国もありますが、依存症者にとってはやはり危険な薬です。薬の使用を止めてもハッピーになれるわけではなく、現実と向き合うことになるので苦しいのだそうです。

 今回はアメリカのプログラムの紹介です。アメリカは薬物の問題が多いので知識も蓄積されています。

「共依存を乗り越えるコツ」と題してのお話でした。

「共依存」とは、簡単に言うと「よかれと思って要らないことをしてしまい依存症が悪化してしまう」ことです。

「依存症は家族の病」と言われることが多いです。家族の中心のひと…この人に気遣いをして生きていかないといけない気持ちになり、その行為の中でお互いがコントロールをしあう関係になっていることと言えます。

①   自分に正直、本人に正直

自分に正直なることとは…やりたくないと思ったことはやらない。自分の気持ちをごまかさない。

依存症本人に「ダメ。イヤ。」と言えない親は多いです。ダメとわかっていても「今回だけ」「うちの子に限って」「そのうちよくなる」など自分に言い訳をしてやってしまう。「世間が…、みんなが…」などと言い、自分の意見として伝えないなども、正直になれていないと考えます。不正直はよくないとわかっていてもやってしまい、コントロール不能になっていきます。その気持ちの後ろには「罪悪感」を抱えています。「ダメ」を伝えていくことで依存症本人が親をだます方法が無くなっていきます。

②   ネガティブな考えを避けましょう。

依存症の問題はネガティブなことがたくさん起こります。回復に向かっていても起こります。その中で浸ったり絶望しないでいることが大切です。一人にならないことが大きいです。少し前向きに考えることで可能性が増えることもあります。家族が前向きになっていると依存症本人も見て感じています。逆に家族が弱っていると依存症本人は「丸め込める、コントロールできる」と思い行動します。家族はプラスな自分を作りあげていくことが大切です。

③   セルフケアの練習をしましょう。

家族会に参加することも○です。自分が元気になることが本人にも影響します。問題がなかったころの趣味をすることや、新しいチャレンジをすることもセルフケアに当たります。自分が元気でいると新しいアイディアが浮かんだり、よい決断や解決策に繋がります。

④   境界線を引く。

何が境界線か?本人がぐちゃぐちゃな時には境界線も引けない状況になります。引き方がわからない場合も多いです。自分で境界線を引こうとするとうまくいかないときも多いので、先行く仲間や施設のスタッフに相談するとよいでしょう。「NO」と周りの人に言う練習も大切です。心の中で「NO」と思っていても言えないのは共依存の考え方です。

⑤   手放す・ほどく・イネイブリングしない。

「イネイブリング」とは、薬物を使う手助けをしている(結果的にそうなる)ことを指します。本人がしなければいけない経験を奪ってしまいます。借金は家族が返す必要がないものですが、理由を探して返してしまう場合が多いです。手放さないと本人が変わる必要が無くなります。

「ほどく」とは、いろんな問題がこんがらがっている状態を、誰の問題なのかを考えます。専門家の手を借りることもあります。周りに協力を求めることも大切になります。

⑥   人生をかけて本人に必要以上に優しくしてきました。これからは自分に、仲間に優しくしましょう。

セルフケア・手放す・境界線などやることはやってきました。本人が変わるのは時間がかかります。まずは自分を大切にしてください。

何かをしたい人は、仲間に優しくする、自分の経験を話す、新しい仲間に自分の姿を見せることもできます。

新しい仲間が自分の過去の姿を思い起こさせ、その人たちをサポートすることは自分のためになります。
親としての責任は、子どもたちを自立させることです。必要以上に優しくすると親が死んだあとはどうするのか?自立することを望むのであれば、やるべきことは見えてくるでしょう。

 Q&Aでは、施設入寮時の金銭管理の問題などの質問がありました。

群馬ダルクでは階級制を取り入れており、頑張れば階級があがっていきます。社会構造を利用し、回復へのモチベーションを保つようにしています。借金は禁止されていることなどを説明されました。

また、境界線を引くことについての質問もありました。

実行しないことを本人に伝えるのは、効果がないばかりかますます関係が悪くなります。

言ったことは実行する、できないことは言わないことが重要です。

自分がやることは言葉にして伝えることが大切です。喧嘩ではなく、正直に言うこと。

そして家族会などで勉強したことは実践していきましょう。

いつものショーンさんと平山さんの軽妙なかけあいの中、重要なワードがたくさんちりばめられていました。

「学んだことは実践」「自分に優しく」これにつきますね。

2024年2月11日(日)第9回「薬物依存症者と家族 オープンセミナー」

今回は、埼玉県立精神医療センター副病院長の成瀬暢也先生の基調講演でオープンセミナーを実施いたしました。


会場・ZOOMオンライン合わせて187名の参加をいただき、北は北海道から南は鹿児島まで多くのみなさんと問題の共有ができました。
まずは依存症者家族の体験談でした。依存症の息子がダルク退寮後、自宅に戻って10年。自立までの同居のエピソードや、ひまわり家族会の研修会で学んだことを使って問題から距離を置くなどの話でした。また一番の心の支えは家族会の仲間であったことなどを話しました。

 当事者体験談は、横浜ダルクのスタッフであるソウ氏でした。依存症の末期症状の幻覚や妄想が激しくなってもどうにも回復に繋がれなかったといいます。16歳で大麻と出会い覚せい剤へと流れたこと、覚せい剤を使うと何にでも立ち向かえる感覚が宿り、手放せなくなったと話されました。依存症が病気だとわかってほっとしたこと、仲間といることでクスリは自然に止まっていくことなど、回復に向かう心の変化を丁寧に話されました。                              今の状況については「まさに奇跡」だと感じるそうです。幼少期から感じていた孤独から離れ、仲間とともにいることでこれまでに失った関係を埋めることができるとのことです。スタッフとして今、苦しんでいる仲間に寄り添い、「命のバトン」を手渡していきたいと力を込めて語ってくださいました。

 基調講演は、前述の成瀬暢也先生のお話でした。これまでに何度も「ひまわり家族会」で講演をしていただいています。「依存症はだれでもなりうるありふれた病気」であり、「意志の問題」「がまんの問題」ではないことを改めて考える機会となりました。
 依存症治療における誤解と偏見は、社会のあらゆる場面でみられます。根性論や理性、素行の問題でなく「病気」だと認識することが社会に求められることではないでしょうか。回復には適切な治療と支援が必要です。日本では、薬物使用は「犯罪」とする「スティグマ(負の烙印)」が強く、回復後でも社会の偏見にさらされます。
 「依存症」の最大の問題は「ストレスに弱くなっていくこと」です。それは「やる気のなさ」や「甘え」と捉えられ誤解されていきます。「依存症」を正しく理解することが重要です。
 成瀬先生は長年「ようこそ外来」を推進されています。外来受診したことをまず評価し、歓迎の気持ちを伝えること。通報しない約束をすること。本人が問題に感じていることを聞き取ること。本人がどうしたいのかに焦点を当てること。これまでの問題を整理すること。本人が困っていることに焦点を当てること。無理に薬物使用を止めさせようとしないこと。安心して相談できる場になるように心がけること。外来で治療が続けられるように配慮すること。信頼関係を築いていくことを優先すること。などに留意しているそうです。
 治療としては、解毒・中毒性精神病の治療以外は他の精神疾患と同じプロセスをたどります。
 新たな治療の考えとしては、「依存症に否認があるのは当然。『そこ突き』を待つのではなく動機付けを積極的に行う。」「動機付け面接法や随伴性マネジメントなどを使った介入を行う。治療の中心はリラプス・プリベンションであり、患者の危機を明らかにして適切な対処方法を身につける。」「自助グループへの参加は重要であるが、参加できない場合でも、他の有効な治療手段を積極的に導入する。」「『依存症は慢性疾患である』という認識に立って、患者が脱落しないように配慮する。」ことが大切だということです。

 多くの依存症患者は「苦しいからクスリを止められない。」と言います。「止めないのではなく、止められない。」のです。「依存症」は、メンタルヘルスの問題です。依存症患者への望ましい対応は、「敬意をもって接する。」「患者と医師は対等の立場にある。」「患者の自尊感情を傷付けない。」「患者を選ばない。」「患者をコントロールしようとしない。」「患者のルールを守らせることにとらわれすぎない。」「1対1の関係づくりを大切のする。」「過大な期待をせずに長い目で回復を見守る。」「患者に明るく安心できる場を提供する。」「患者の自立を促す関わりを心掛ける。」などです。依存症は「健康なひとの中で回復します。」と認識することが重要です。
 家族の役割としては、まずは「依存症について学ぶこと。」問題解決のための知識を得ましょう。「依存症者に対する適切な対応を身につける。」適切な対応が本人の変化を生み出します。「家族が元気を取り戻すこと。」同じ経験をしている仲間と出会うために家族会や自助グループに繋がりましょう。疲弊していると本人への対応ができません。家族も病んでいます。依存症者と同じ問題を家族が抱えていることが多くあります。
 依存症の治療・支援が遅れている日本では、その負担を一手に引き受けているのが家族です。家族も孤立していき、患者と同様に問題を抱えて深みにはまります。これまでの家族支援は、患者に「止めさせる。」ための支援でした。これからは、孤立し疲弊した「家族を主役」とする家族自身への支援が中心となります。家族と共謀して患者に止めさせる時代は終わりました。

 「ひとと信頼関係が築けないために、ひとに癒されることができないこと」が、依存症患者のもつ最大の障害です。依存症は人間関係の問題です。回復とは、信頼関係を築いていくことです。わが国の依存症者が回復を望んだときに、あたりまえの支援を受けられる日が来ることを切望します。そう締めくくられました。

 優しい口調の成瀬先生の、暖かい、そして力強いメッセージ。多くの方の心に残ったことと思います。

Q&Aセッションは、ファシリテーターに国立精神・神経医療研究センターの片山氏を迎え活発な意見交換となりました。登壇者には横浜ダルクの施設長山田氏、スタッフのソウ氏、湘南ダルク代表の栗栖氏、そして成瀬先生を迎えました。


会場やZOOMからの質問に答えました。
一番の話題になったのは、「生きる力とは何か?」でした。
成瀬先生は、「一人で生きて生きることではなく、信頼している人とともに自分の思うように生きていけること、苦しくなっても支えてもらって生きていく力。」と話されました。山田氏は「自分の生きる力や今日のエネルギーは、以前はクスリだった。やりたいことしかやらない。それが生きる力だと思っていた。選ぶ余地がなくなってダルクに入った。楽しいやうれしいだけでは成長しないことが分かった。自分で選ぶだけでは手に入らなかったものが今は手の中にある。」と話されていました。ソウ氏は、スピリチュアルな回復が生きる力だと言います。絶望の中にいたときは、前向きな生きる力は持てなかったといいます。祈って自分を超えた力に「ゆだねること。」だそうです。亡くなられたお父様に水をお供えするときに、自分の心にも水をあげる感覚があるそうです。栗栖氏は、平安の祈りのなかの「変えられないものを受け入れる落ち着き。」を自分で受け入れることができるようになったことが生きる力になっていると言います。幼少期は親に認められることだったが、今は自分を受け入れることができるようになって生き易くなってきているとのことでした。
家族にとって、生きる力とは?やはり家族の世話を焼くことに自分の生きがいを置くことではなく、自分の人生を自分らしく生きることができるようになることでしょうか?

最後に成瀬先生の言葉がありました。
「回復は誰かが決めるものではなく、本人がのびのびと生きられること。人として対等に生きること。」

誰かの回復につながる一日であれば幸いです。

2024年1月27日(土)横浜ひまわり家族会 研修会

今日の研修会は栃木ダルクの代表理事、栗坪千明氏を迎えて行われました。

 栗坪氏は28歳のとき(1997年)に茨城ダルクに入寮し覚せい剤を止めることができました。覚せい剤は20歳ころより使用、その前はいわゆるツッパリで仲間から覚せい剤が回ってくる生活でした。建築士として働いていたころは、バブルで仕事が非常に忙しく建築士の仕事が好きで充実していたそうです。そのころは薬物を使うこともなく、仕事に没頭していました。バブルがはじけ仕事がなくなってきたころ、苦境を乗り越える力がなく覚せい剤にのめりこんでいったようです。薬物を使用中に家にあった日本刀で竹を試し切りしていた姿を見て母が警察に通報。やってきた警官が栗坪氏の腕の注射痕を触りながら、「君は薬物をやったんじゃないよな?」と尋ねてくれて「やってない」と答えたら回復への道につながったと言います。ダルクに入寮後は日本刀を振り回していたことが知れ渡っていて、包丁を使う調理はさせてもらえなかったとのことです。茨城ダルクで法人申請の担当になった後、栃木ダルクの開所に携わることになったそうです。

 栃木は、ダルクなど依存症に関することを受け入れる環境にはなく、別荘地の建物を借りて開所するときも大家さんから「ダルク」の名前を使わないでほしいと言われたり、公安警察が見学に来たりしたそうです。県の薬務課は「薬物使用者がいたら逮捕はするよ。」と言ったそうです。地域に連携できる機関がないのだから自己完結型の施設にするしかないと思い、今の栃木ダルクの形にするしかなかったようです。アメリカの支援方法を学び支援方法に段階があることに気づき、今の階層型システムを構築しています。

 まずは「クスリ」を止めるところ、そしてゆっくり回復する場所、社会復帰を目指す場所という段階を作り利用者に卒業という希望を持てるようにしたそうです。社会復帰をする人がいないとやる気がなくなってしまいます。

 支援の3本柱として、「回復プログラム」「生活力」「社会性」を掲げ、階層式にプログラムを実施していきます。ファーストステージで動機付けをし、止めていくためにプログラムに取り組みます。セカンドステージでは問題の直面化をすること、認知行動療法などを実施し、回復の道を進みます。サードステージは社会復帰を目指していきます。慣れが出てくる時期でもありますがそれは正常の回復ととらえます。自分を過信することは危険ですが、一人で生活を回していけるようにしていきます。この段階で家族との関係を再構築することに取り組みます。プログラムが終わった人にはきちんとした形で修了証を渡し、やり遂げる自信をつけられるように取り組んでいます。

 家族の支援事業は家族教室を開催し、8回で1クールとしています。できるだけ両親ともに参加することが大切です。「依存症について」や「本人への対応」「家族自身の健康」について学んでいるそうです。家族関係の再構築は家族教室に参加していることが条件となり、自分の問題に目を向けて本人との関係性を見直すことや、社会復帰後の本人と家族の関係のありようについてともに考えていくようにしているそうです。

 研修会に来月80歳になるという栗坪氏のお母様も来られていました。茨城ダルクの家族会をけん引して来た方で、今は地元で「ナラノン」を開催していらっしゃいます。今回は息子である栗坪氏に「出かけよう」と言われてついてこられたそうです。ナラノンをやっているのは自分がプログラムから離れないため、泣いてナラノンにたどり着く人がいる。その人と一緒にいることがご自身の安心材料だそうです。

 お話の後も、研修会に参加した家族会のメンバーの質問に丁寧に答えてくださいました。

「本人がよくなっても、親が繋がっていることが再発の抑制になる。」と話されていました。