2025年10月11日(土)横浜ひまわり家族会 2025「秋の市民公開講座」

講師: 近藤あゆみ先生 (国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部NPO法人八王子ダルク家族支援事業SMILE)

講演テーマ:家族の傷つきと癒し〜内的家族システム(IFS)の再統合

今回の市民公開講座は、これまで、数々の研修をしていただいている近藤あゆみ先生にお願いしました。家族の依存症問題で、日々あたふたしている私達が、自分のことを見つめ、癒されていくようになる、自分を自分で癒せるようになるための、内的家族システム(IFS)の研修でした。 私達は、色々な場所で依存症についての勉強や分かち合いをしておます。しかし、前に進もうとするだけでは自分の傷ついた部分は良くなっていきません。自分に目を向け、自分のケアをていくことはとても大切なことになります。まず自分をいたわることができ、はじめて他の人への(家族への)支援の質が上がる。。。とのことでした。

①自分に気づく 自分の中にある、好きなところ、嫌いなところ、いろんな自分について考えてみましょう。体感、思考、感覚。。。多方面から自分を見つめてみます。素直に頭に、心に浮かんだものを書いてみました。この作業の中で好きな自分と嫌いな自分は相互しているということです。矛盾するような自分が、どちらも私の中にいるということ。その矛盾に気づくことが、このIFSの学びの中では必要なことだそうです。

②私のトラウマ 人は誰にも大小様々なトラウマを抱えています。 先生は依存症を回復させていくにはこのトラウマの治療が不可欠と思い、その支援をされていますが、家族のトラウマ(依存症にまつわるトラウマ、その人の幼少期からのトラウマ両方)に気づき、支援していくことに必要性を感じたそうです。 ここまでの話の中での質問かありました。
Q:本人はお前の(母親に対して)せいでこうなった。虐待された!といいます。母親は、そんなことをした覚えはないし、周りの人もそんなことはしていないのでは?という状況のなかで、これは認知の違いで虐待されたととらうまとしてのこっているのか。。そして事実を正すことができたなら、そのトラウマを克服したことになるのか。。という質問でした。
A: 親を責める依存症者は多い。親子関係には「相性」かまある。これは単に性格などで済まされるだけではなくそれぞれに特性があるので、そこから問題になってくる。 子供にADHD気質があった場合は、一から百まで話を聞いてほしいと話をしてくる。その親にADSの特性があった時、その親は話を聞こうとできず、この状態が子供にとっての虐待の認知になる。。 つまり、どちらも悪くないのに、うまくいかない親子になってしまう。子供にとっては「話を聞いてくれない親」になる。 この話はとても参考になります。
Q: 薬をやったのはお前のせいだ!望まれて生まれていない。かわいがってもらえなかった。でもかわいがってもらったことは分かってる。つらい思いを分かってくれない。と、言われてしまう
A: 多くの家族の中で起きている問題。親の期待をはねのけられない子ども、デリケートな子供に問題が起きやすい。しかし、親に文句を言えるというのは、いろんな自分が見えてきているということ。回復が進んでいるということ。しかし親子だけで解決するのは危険なのできちんとサポーターとともにやっていくことが大事。 これもどの家族にとっても心に残る答えだと思いました。

③薬物問題が引き起こす家族の心の傷 依存症本人が薬によって変わっていき、その姿を目にし続けたわたしたちはさらに社会の目を気にして生きてきました。わたしたち家族には心の傷があるのです。その傷をなかったことにせず、見つめようと思わないと、その傷は見えてこないということだそうです。 内的家族システム 人の心には複数の部分パーツがあり、核となるセルフというものがあります。一部のパーツは人との関わりによって生じた傷に対して、防衛的な役割を果たす この、防衛的なパーツと、傷ついたパーツ、両方のニーズに対応していくことで、内的システムの平和をもたらすという考えだそうです。 依存症の場合、このパーツが一部暴走した時、それはうまく働かなくなります。セルフはパーツをケアできなくなりその人の悪い状態(依存状態)となります。 このパーツの暴走には、トラウマが関係しているとのことです。大きすぎる、痛すぎる傷を舞うために起きる暴走てす。 このあと、それぞれ、書き出した自分の好きな自分嫌いな自分をパーツマップに書き写し、埋めてみました。自分のパーツの対話するときには、 @何かいいたいことはあるか? @そうしている理由は? @思いやりをもって共感して という気持ちではなすそうです。

2025年 8月23日フォーラム 第9回「薬物依存症と家族フォーラム」

基調講演 国立精神・神経医療研究センター 薬物依存研究部長 松本 俊彦先生

テーマ 「市販薬クライシス」の実態とわが国の薬物対策の課題

今回のフォーラムでは、いま社会問題となっている、市販薬の乱用オーバードーズ対策についての基調講演をはじめ、家族や当事者の体験談、又、活発なQ&Aセッションが行われました。今回は行政、学校関係、医療関係者なども多く246名の参加がありました。、若年層の依存症支援のあり方について多くの気づきが得られたフォーラムでした。

<まず家族の体験談>
横浜ひまわり家族会のひよりさんのお話でした。10年前から始まった娘さんの依存症、そしてその行動に巻き込まれていました。向精神薬の大量服用、アルコール、窃盗など様々な依存をかかえ、それに伴い摂食障害も併発しました。色々な事に巻き込まれ、その中でも娘さんから「お前のせいだ!」と罵られた日々も少なくなかったといいます。今はネット社会で、自分の苦しい依存症の症状をカメラに収め、配信していたそうです。自殺未遂を繰り返し、「おまえのせい!」と罵倒され、母としてどうしたら良いのか、何をしたらいいのかを模索しました。依存症の問題は、近所にしれたらどうしよう、周りに何か言われたらどうしようという気持ちで一杯になり、何度も自問自答しては、怖くてどんどん孤立します。そんななか、依存症についての勉強をはじめ、ひまわり家族会に繋がりました。そこで、「自分が元気でいることの大切さ」「私は私の人生を歩む」ということを理解し実践していくようになったと言います。この奥深い依存症という病は、本人も家族も一人では乗り越えることが難しいとわかったそうです。今後も、わが子が生きていることの幸せを感じ回復を願って家族会の仲間と学んでいきたい。という言葉でしめくくっていただきました。

<次は当事者体験談>
横浜ダルクスタッフのソウさんのお話でした。ソウさんは職員として10年仲間とともに過ごしています。ダルクという家族の中で自分が支えてもらいながら、仲間の回復の手助けをしていると言っていました。学校になじめず、反抗期も手伝って、居場所がないと強く感じ、不良となり、16歳で薬物を使うようになりました。その後17歳で覚醒剤も使うようになります。はじめはうまく使えていたものの、気づけば何度も警察沙汰、精神病院への入退院の繰り返し。なかなか自分は回復の道にはのれなかったと言っていました。ところが家族は家族会につながり、本人への正しい対応を身に付けていきました。そのおかげで「新しい生き方を見つけたい」と思うようになり、ダルクへつながります。その後もフラッシュバックに悩まされ、再使用も経て、いつしかクリーンが続き、今も回復し続けられているとのことでした。自分の経験を生かし、たくさんの仲間と家族の援助をしています。 お話を通して、いつの日か、本人が新しい生き方をしたい。。と思える日まで、家族はどうしていったらいいのか。。という、家族のあり方を教えてもらえました。

<基調講演は松本俊彦先生でした>

今回は市販薬についての現状とその課題について教えてくださいました。 わが国では市販薬は安全なもの、処方薬より手軽で便利。。という、依存症の現場での問題視とは全く逆な考え方が蔓延しています。実態調査の中でも、薬物の乱用は合法的な薬物でなされていると結果がでています。私たちが風邪の時にドラックストアで買う風邪薬や解熱剤、咳止めの中には、乱用、依存症になりやすい成分が入っています。それらの薬を、今の若者たちは、安いからとドラックストアで買い、大量に飲んだり(OD,オーバードーズ)、アルコールと合わせて服用したりと間違った飲み方をしています。そして、そのオーバードーズとともに若年者の自殺も増え、深刻な問題となっています。 「助けて!」を言えない子どもたちが増えているのは明らかです。麻薬(ジヒドロコデイン)は、孤立感を強く感じ、覚せい剤原料のメチルエフェドリンは、家や学校でのルーチンをこなすのに必要で、幻覚薬(デキストロメトルファン)は、嫌なことを忘れさせてくれる解離性誘発剤の効果があります。若者たちは、心の苦しさを人に相談できず、薬に頼るようになりま す。10年前に、流行った危険ドラッグは非行少年、学校に行けないような男子が多くはまりまし。今、オーバードーズして苦しんでいる子たちは、学校に所属し、通学して、良い子普通の子を演じている女子におおいそうです。 もし、薬がないと眠れない、苦しいと、学校で子供にSOSを出されたら、大人たちはどうすればよいのでしょうか。その相談事を頭から否定したり停学や退学などと口にしてはいけないとのことです。相談を受けたときは、だめ絶対!のように禁止する言葉は言わないこと、そして「変わっていこうよ!」と言わないこと。変わらないと今のあなたじゃダメなんだよというメッセージになるからです。一緒に考えていこう。。と言うことが大切だそうです。子供がやってしまったこと(オーバードーズ等)をやってしまった、と言えるには、受け止める大人たちがまずは続けて話に来てくれるよう雑談(ZD)していくことが大切であるとのことでした。 最後に、今の薬物対策の根拠法は違法薬物に特化したもにです。医薬品の場合は有害が明らかでも政府や企業の論理のほうが尊重されてしまいます。薬物依存症にも、「基本法」が必要です。それについて家族会が何ができるかを考えていくことも必要あると思いました。

<Q&Aセッション>


ファシリテーターを国立精神・神経医療研究センター、精神保健研究所、薬物依存研究部の片山宗紀氏にお願いし、松本先生、横浜ダルクから山田貴志氏、ソウさん、湘南ダルク栗栖次郎氏にご登壇いただきました。 Q1 今問題になっているサイレースについて、まだ処方されているのか? 松本先生… 確かに依存性のある薬でデイトレイプなどにも使われる。アメリカでは禁止。いつもの量であればOK。ふらつきがあるようなら他の薬に変える。安易には処方しない。 Q2 への市販薬の相談案件について聞きたい 山田… 処方薬については病院にきちんと診てもらい通院させる ソウ… 相談件数としてはそんなにないが、気持ちによりそう様に相談をうけている。

栗栖… 青い舌(サイレースを噛むと舌が青くなる)の写真をアイコンにしている若い子がいる。その行動の向こうにある生きづらさを考え居場所を作れるよう相談にのっている。 Q3 発達のグレーゾーンの人への接し方を知りたい 松本先生… 依存症、発達とそれぞれの診断が大切。社会保障も検討していく必要がある 山田… 周りの回復プログラムについていけない時には個室にしたり、プログラムそのものを配慮して、ケアしている。 ソウ… 見守りながら緩やかでもいいので、苦しみやいろんな思いを共有し、たくさんの経験を積めるようそのことを一緒にやっていくことが大切と思いながら接している。 栗栖… 底付き体験をさせることは大事だが、安全に失敗してほしい。突き放しだけではなく、家族のサポートを入れることが大切なこともある。 Q4 教師として今の若者に接する中、その支援方法に悩んでいる。

松本先生… 養護の先生だけではなく、校長先生の考え方。理解が大切。 Q5 ダルクの地域の理解についてやっていることは何か? @回復者に会ってもらう@回復者と色んなことを伝えていく @本当の仲間の姿を見てもらう@学校などでの講演などを受けている 最後に。。。 今、若年者の依存症問題が浮き彫りになっています。私も子供が10代でダルクにつながりました。それまでは外で同じ高校生をみるたびに涙が止まりませんでした。しかしそれが息子の回復には、何の役にも立たないことを、後に勉強しました。 依存症の家族は孤立しがちです。本人を相談に連れていけなくても、まず親が支援の窓口につながりましょう。

ともに学び、分かち合い、理解して、そして楽しく生きていけますよ

2025年7月26日横浜ひまわり家族会研修会


講師:横浜保護観察所 統括保護観察官野沢暁生氏

今回の研修会は、横浜保護観察所で、執行猶予中の薬物事犯者の更正指導にあたっている統括保護観察官、野沢暁生氏のお話でした。
更生保護とは、犯罪や非行の予防と、その再犯防止、更生とともに、社会復帰へ導いていくことです。
又、矯正施設内処遇から社会処遇(社会の中で暮らしながら更生していくこと)に移るとき、それを円滑に移行するという、大切な役割があります。
さらには、犯罪や非行から、社会復帰までの流れの中で、保護観察、執行猶予がついたとき、出所後の受け入れ先の調整、保護司との調整も大切な仕事となります。
 保護観察官には、多岐にわたる業務がありますが、各観察官の仕事内容に、偏りがないように、各業務にわかれているとのことです。

数々の犯罪の中で、薬物事案は再犯率も高く、各薬物によって対象年齢の違いもあります。覚醒剤は、成人の方が少年よりも使用率、再犯率が高く、大麻に関してはその逆で、若年層の使用率が高いです。そういった、薬物依存症の人たちに行うプログラムに関しての業務も多岐にわたり、外部の部署や施設関係者との調整、当事者に対する、処遇、そしてそれにまつわる事務作業と、保護観察官の仕事の多さに驚きました。日本では、薬物に対しての社会のスティグマが高く、理解のされにくい事案となります。まだまだ薬物依存症者を排除しようという傾向もあり、大きな課題と言えます。

また、大麻使用罪もてきたことにより、使用してしまう苦しさを相談できずに過ごしている当事者が増える中で、規制するということが先行しています。依存症者、犯罪、非行などに対する考え方を変えていくことの難しさを感じています。そして、援助的な考えを広めていくは。。。ということがも今後の課題です。
本人は刑務所内や、保護観察中に、義務的にプログラムを受けますが、家族も引受人会で勉強をさせてはどうか。。との質問が出ました。本人と同じように家族がプログラムを受けることで、依存症は病気であるというこをきちんと理解ができるのだと思います。家族が変わると本人も変わる。。というのは、どこでも聞くはなしです。

しかし実際は引受人会での家族用のプログラムはなかなか難しいのが現状だそうです。これは保護観察官の仕事が多く、なかなかそこまでは手が回らないということですが、家族に対して援助している家族会や、家族の自助グループに繋げ、家族にも回復のチャンスが訪れるよう、連携をしていくことが大切で、そこはすでに行ってくださっているとのことでした。
 今回の野沢様の話の中で、多岐にわたる仕事内容のなかて、常に依存症者に寄り添い、動いてくださっている保護観察官の皆様のことが少し理解できた気がします。
ありがとうございました。

2025年6月28日(土)横浜ひまわり家族会研修会

6月の研修会は、DARC茅ケ崎代表の藤村現氏、施設長小宮勤氏でした。
まず小宮さんからのお話です。
神奈川県小田原生まれです。会社を経営されてるご両親のもとに、2人の姉の下に長男として生まれた小宮さんは、その立場から、いろいろな思いを感じてきたそうです。
社員や取引先の人たちからは、「坊ちゃん」と呼ばれ、父親より、そういった人が遊び相手でした。
家族に対してはいい顔をしてやり過ごし、心の中では、素直に受け止めることもできず、大人びた言葉で返す子供でした。
人のモノが欲しくなったら盗む、脅して奪うなどで自分の欲求を満たし、自分自身を保ってきたとのことでした。
親には言われていないのに、家を継ぐということにプレッシャーを感じ、家に居場所を見つけられず、小学生のころから家出を繰り返しました。
・・・中学、高校・・・そして、薬物・・・
中学では体も大きくなり、バイクを盗み、乗り回し、行動範囲が広がっていきました。そして、高校進学も、「どうせ、プロにはなれない・・・」と、サッカーでの推薦を蹴り、家業に役立つようにと工業高校に進学しました。
16歳で薬物に手を出し、その不良仲間をかっこいいと感じ、その中にいる自分に価値観を見出します。
そこでの付き合いやふれあいで自分を保てたとのことです。
その後使用頻度が増え、21歳で、覚せい剤を使用しました。それまで、何となく使っていた薬が、初めて、「良い物」と、認識します。これもまた使用頻度が多くなるにつれて、お金が足りなくなってきます。

友人をだまし、脅し、薬物第一になったからだと心はいろいろなものを奪っていきました。23歳で借金もしましたがそれは、父親が「尻ぬぐい」してくれたとのことです。
・・・逮捕、回復へ・・・
そんな日々が変わる時を迎えます。27歳で初めて逮捕されて、その時は「これでやめられる」と、ほっとしたそうです。
留置場の中でどうしたら辞められるかを、初めて考えることになります。
その頃家族は家族会につながっており、「家には帰ってこないでほしい」と、言われたそうです。釈放後行く当てもない小宮さんに声をかけてきたのは、昔の薬物仲間だけでし
た。そのまま再使用し、死にたい、助けてほしいと、家族に連絡をとりました。「ダルクに行くなら助ける」と言われ、小宮さんの回復が始まりました。
・・・・人との繋がりと縁・・・
家族会に繋がっていた家族は、本人への正しい対応をみにつけていました。そして、小宮さん本人は、その時々、数々のタイミングで受け取ることができました。先ゆく仲間の笑って生きる姿が12ステップとともに自分の中にも入ってきたそうです。
回復とはシンプルに「仲間と同じ事をすること」だそうです。回復者として、そしてスタッフとしてもたくさんの経験を積み、今は施設長として、伴走者として、依存症者により
そって日々忙しくしています。結婚されて子供も生まれたとの事。
最後の、病気とうまく付き合うことができる、病気を出さずに生きる、自分の弱さやパターンを、ミーティングで振り返る・・というお話は、私たち家族にも共通する話だとおもいました。

◆次に、藤村さんのお話です◆

藤村さんのお父さんもお母さんもそして兄弟も福祉関係の仕事についているそうです。勉強を強要されず、わりと自由に育てられたとのことです。ただ、きちんとした正装で撮る、家族写真が嫌だったという記憶は強く残っているそうです。
小さいころから手癖が悪くうそをつきだまし取ることを、悪いことと認識していなかったとのことです。プログラムをやるようになり、自分は薬が問題だと思っていたのが、
小さいころのことを思い出すと、その頃から問題は始まっていたとに認識したそうです。
・・・問題は家族の中に・・・
アディクションは、アルコールやたばこから始まるといわれていますが、藤村さんは小学生でたばこを吸っても、こんなもんか、と感じ、また、ビールの泡をなめたりしてい
ました。
・・・小学校、中学校・・・
1時間もじっと座ることができず、授業を抜け出す子供でした。しかしスポーツはすきで、人気者だったそうです。
4年生で転校することとなり、転校先ではじめてたばこを吸い、それでもサッカーもして過ごしました。
中学は不良ブームで徐々に非行に走りました。その先輩に誘われて、シンナーを使い始めます。まわりに弱く見られたくないといった思いからでした。その後は両親、大人の言葉は耳に入らず、悪い仲間の言葉だけを信じて、生きるようになります。
・・・17歳で覚せい剤・・・
やめたくてもやめられず、自尊心や、気分が落ち込み、その気持ちからのがれるためにまた使うという繰り返しになっていきました。
依存症は家族を巻き込む病気です。そんな中でも母親はいつも「これから、どうしたい?」と、怒らずにきいてきました。
親が家族会に行き、正しい親の対応と、距離の取り方を学んでくれました。そして、いわゆる愛のある「突き放し」を、したそうです。それが、ダルクに行ってみようか…と
考えるきっかけに、なりました。
35歳で初めてダルクで「依存症という、病気だよ」と言われたときは、救われた気持ちだったそうです。自分から、遠くに行きたいと、沖縄にわたり、そこから回復が始まり
ました。
依存症という病気は常にきもちをネガティブにもっていきます。新しい仲間は一番辛い。。。そんな気持ちを理解して、代表として過ごされています。最後に「シラフでいれば、本人も、家族も幸せ。。。」との言葉をいただきました。

今回も、お二人の話から、家族としての在り方のヒント、また私達にはなかなか理解できない、依存症者としての心の中の声をたくさん聞くことができました。私たち家
族も、少しずつ前にむかって歩いていけるように、家族会に参加していきたいとおもいます。

2025年5月24日(土)横浜ひまわり家族会 研修会


講師:群馬ダルク 
施設長 福島ショーン氏、代表 平山 晶一氏、 

5月の研修会は、毎年来ていただいているお二人のお話でした。私たちは楽しみにしていますが、お二人も毎年楽しみにしてくださり、また、自分の成長にもつながっているとの事で、大変うれしく思います。お二人が行ってくださるプログラムは、家族参加型です。なので私たちも聞くだけではなく、考え、発言し、仲間の話にも耳を傾けて、今からすぐに実践できることを、教えていただけます。 今回の研修会の内容は、依存症本人には、「これだけは言わないほうがいい言葉」についてです。 私たち家族は、依存症の家族に対して、なぜ?どうして?と常に思ってしまいます。そしてそれは、家族にとっても本人にとっても、とても辛いことなのだと思います。依存症本人は、再発と失敗を繰り返します。その時突き放す一辺倒ではないということも今は、言われるようになってきました。今回は、言わないほうがいいという言葉を学ぶとともに、依存症者 を理解できるようになる研修でした。家族が本人と話すときの言葉、又その時の思考を、どのようにすればお互いに傷つかず、少しでも良いほうに向かうのかを教えていただきました。

『依存症本人に言わないほうがいい言葉』

⑴ [また?
依存症はWHOで認められている病気にも関わらず、世間には病気と認めてもらえず、本人や家族でさえもそれを認めることが難しい病気です。それは検査結果に出るわけでもなく、精神論で理解しようとするからです。ですから失敗や再発した時に、家族は「またそんなことしたの?」「また問題おこして!」と言いがちです。依存症は再発する病気です。失敗する病気なのです。家族はそこのところを理解できてくると、本人がどうというより自分が楽になり、また本人にもつらい言葉を投げかけなくなるのではないでしょうか。本人は、誰よりも、「治さなければ」「何とかしなければ」と、思っています。何か起きたとき、家族は、良いも悪いも言わず、「こういう病気なんだ」と思えるよう学んでいくことが必要です。もし何か言うとしたら・・・。「あなたの頼るところは、ここ(家族)じゃないよね。」「病院や、自助グループは?」などを選んで、話しかけましょう。時として離れてあげましょう。離れることで、本人が生きるコツを覚え、自立に近づくことができます。

⑵「がっかりした」「頭にきた」
 この言葉も私たちは言ってしまいがちです。これは本人に対する期待と理想が大きいために言ってしまう言葉です。依存症本人は、生きづらさを和らげるために、使い、飲み、依存行為をします。それ以外の楽になる過ごし方を知らないのです。そして、失敗や再使用があったときは、誰よりも本人ががっかりしています。また、依存症物質や行為が止まれば、すべてがOKでしょうか?それは、違います。本人は使っていてもやめても、心も体もボロボロなのです。

⑶ 何度も繰り返し同じこと(アドバイス)を言う
 家族は、良かれと思って、また、ここぞとばかりに同じことを何度も言うことがあります。しかし、それをしたところで、良い結果がうまれたでしょうか?うまくいかなかったのではないでしょうか。そんなことを言いそうなときは放っておく、その場を離れることもいいでしょう。自分のやり方、言い方を変えて、家族会で学んだやり方をしてみましょう。がみがみと長いこと同じことを言っても本人は「早くその場を去りたい」と思うだけだそうです。アドバイスしすぎると、本人が学び自分で解決する力をつけることを、妨げてしまいます。

⑷ 「意志が弱い」「根性がない」
  依存症は気持ちや精神論では戦えない病気です。しかし、治療すれば、いろいろなものをとり戻せます。なぜ、やめられないのでしょうか?・離脱の苦しみ
 やめるのも、やめることに立ち向かうのも辛く、肉体的にも、精神的にも辛い時期があります。それでも、仲間の中で、仲間とプログラムをやり続けることで、いろいろなスキルを学び、様々な安定を、手に入れていけます。

・重複障がい

 診断されている、いないにかかわらず、重複障がいがあると、同じ失敗を繰り返すことが多いです。それにより辛さが増し再発しやすくなります。障がいを理解し、依存症の症状が落ち着いたところで、発達の治療をしましょう。・社会的、個人的スティグマ社会が依存症に持つレッテル、そして、本人の中にある自分にレッテルをはること、これにより、本人は「どうせ、自分なんか」と、言う気持ちになり、再発しやすい状態になります。

最後のQ&A
・マリファナは、軽い薬物ではない
・本人は使う理由を、使う言い訳にする
・女性の回復の仕方は、トラウマが関係していることが多く、難しい

 お二人の研修を聞き、依存症という病気の深さを、あらためて痛感しました。同時に私たちにできることは、何かということも再認識できました。家族が言ってしまいがちなことを、言わない、ほかの言葉で言い換える、言わないで離れる、心は差し伸べてもすべてに手を出さずみまもる・・・。そして、家族会で正しい知識を身に着け、仲間とともに学んでいけることの、大切さを感じました。 また、来年も楽しみにしています。

2025年4月26日(土)ひまわり家族会研修会


講師/上野ダルク 理事 篠原 義裕氏・事務局長 村澤 実氏
新年度第一回目の研修会は、このお二人をお迎えしました。日本ダルク本部から、上野ダルクに変更になった経緯などをご説明いただいた後、順番にそれぞれの人生を振り返りながら、体験をお話しくださいました。
  篠原さんは、お酒を扱う家業に生まれましたが、お酒に弱く、やがてこれがコンプレックスになっていき、酒やたばこを通しての「仲間意識」から、いろいろなものにはまっていきました。まずは、お酒。これは、コンプレックスの初めのものであり、又、手に入りやすく、篠原さんが、クリーンが続かなかった原因にもなりました。そして、大麻。これは、友達が、使っているところに遭遇し、自分から「僕にもくれ」と、言ったそうです。この言葉には、いろんな感情があるとおっしゃってました。友人から、「お前ははまりそうだ。」といわれたとおり、依存症になっていったそうです。
  学校を何とか卒業し、親の勧める寿司や和食関係の職場を転々としたそうです。
薬は止まることがなく、薬を使えば、寝坊、仕事を覚えられない、人間関係をうまく築けない・・・など、様々な問題を生み出しました。
「人との信頼関係」からは、ほど遠い生き方だったのだと思います。その後、実家に戻ったり、入院したりもしたそうです。入院先から、NAと繋がり、普通に働いている人も来る場所なんだと、興味を持つようになります。また、その時出会った保健師さんの勧めでダルクに見学に行くこととなり、少しずつ回復の道のりに乗りました。入寮してからも、回復が進んでからも、施設から飛び出たこともあったそうです。それでもいつの日か「続けていれば、いいことがある」と思える日が来て、今は助ける立場になりました。
  施設を運営すると、いろいろな問題が出てきます。でもそれを解決するためにうまくプログラムを使い、不平、不満を訴えてくる仲間のことが、本当の意味でわっかたとおっしゃっていました。家族、依存症が病気であることを伝え、家族はそれを理解し、今はいい関係に修復できてきているとのお話でした。
この話は、私たち依存症の家族には心に伝わるものがありました。
数々の失敗とともに新しい考え方や人との関係性を築き、長い年月をかけて回復の道のりに進んだ話を聞かせてくださいました。そして篠原さんのご家族の本人に対する対応や、心の底にある信じる気持ちが、いかに大切かということを聞くことができました。
  村澤さんは、お子様の不登校のお話からしてくださいました。自分を責めたこともあり、また、そのことを隠したくなる、自分の親もそう思っていたのかと、心が痛んだとのことでした。中学までは、行けなかった学校も、高校からは心機一転、通学しているとのことです。これは人は変えられないが自分はかえることができ、また娘さんを信じてあげたご夫婦の気持ちが、娘さんに伝わったのかもしれないと感じました。
  村澤さん自身のお話は、「他人に好かれたい、断りたくても断われない、本音を言えない」というところに数々のことが重なり依存症になっていく話を聞くことができました。村澤さんは、中学の頃からお酒は「いやなことを忘れさせてくれるもの」だったそうです。やがて、サッカーの試合前に、緊張をとり、よく眠れるようにと、飲むようになります。本人はそれを、「薬物に反応しやすい体」ととらえていたとのことでした。そして、自分が疲れて休みたいと思っても、友達に遊びに誘われると断わることができず、飲酒したそうです。その後、友達から「ブロン」や、「大麻」を教えられ、使うことで自分の不快感情がなくなることに気づきます。高校はお酒も含め薬物も、たまに使いながら卒業しました。卒業後、広告代理店に就職しましたが、兄のいる会社、周りは大学卒業の人ばかり、年上の人を相手にしなくてはならないなど、多くのプレッシャーがかかり、その苦しみを話せる人がいなかったこともあり、苦しみました。その時頭に「市販薬があった」と使いはじめます.。薬物にお金を費やし、破綻し、盗みをするといった、生活になりました。家族にバレて、その時は心療内科で診断してもらいました。内服薬と家族のかかわりの中、アルバイトをするまでになりますが、また体調が崩れ、再度薬物に頼るようになり、今度は精神科の閉鎖病棟に入ったそうです。入院中に免許の更新で外出した時、使わずに帰れたことで、やめてみようかと考えるようになり、また、家族は家族会で学んでいたことで、少しず
つ回復に向かいました。ダルクに入り、その後も飛び出したりもしましたが、家族は家に入れなかったそうです。また、施設内でも、「今日はやめておこうかな」と思える日ができてきて、人の話に耳をかたむけ、心を開き正直に話すことを続けたそうです。その後回復を続け一度は退寮し、家族のもとで、タクシーの運転手として働きますが、心臓を患ったことでやめて、今の施設での仕事につくようになったとのことでした。
このお二人の話を聞いて感じたことは
①自分(弱点を含めた)を知ることの大切さ
②自分だけで頑張らず、人に頼ることも必要
③依存症のプログラムは、毎日の生活の中で役立つ
④自分の健康な心と体を意識する
⑤家族が家族会で学ぶことはとても大切
ということでした。
  人は、自分にはできる、自分でなんとかしなければ、と思いがちです。特に依存症に関しては自分、家族だけではどうにもならないのです。そして依存症に関する問題だけでなく、生きていれば、さまざまな困難が日常を襲います。病気、介護、依存症じゃないほかの家族にのしかかってくる問題・・・。それらを、自分ひとりでどうにかできる。。と、思わないこと。専門家や、他人にお任せすることが大事で、なおかつ効果があるということ。これらの考え方は依存症のことを学んだおかげです。このことを今回のお二人の話の中から、あらためて感じ取ることができました。そしてそれができたとき、私たちは自分の成長だと、素直に感じ取っていきたいと思います。明日からの「今日一日」を、安心と、希望ですごしていくために。。