今回は、埼玉県立精神医療センター副病院長の成瀬暢也先生の基調講演でオープンセミナーを実施いたしました。
会場・ZOOMオンライン合わせて187名の参加をいただき、北は北海道から南は鹿児島まで多くのみなさんと問題の共有ができました。
まずは依存症者家族の体験談でした。依存症の息子がダルク退寮後、自宅に戻って10年。自立までの同居のエピソードや、ひまわり家族会の研修会で学んだことを使って問題から距離を置くなどの話でした。また一番の心の支えは家族会の仲間であったことなどを話しました。
当事者体験談は、横浜ダルクのスタッフであるソウ氏でした。依存症の末期症状の幻覚や妄想が激しくなってもどうにも回復に繋がれなかったといいます。16歳で大麻と出会い覚せい剤へと流れたこと、覚せい剤を使うと何にでも立ち向かえる感覚が宿り、手放せなくなったと話されました。依存症が病気だとわかってほっとしたこと、仲間といることでクスリは自然に止まっていくことなど、回復に向かう心の変化を丁寧に話されました。 今の状況については「まさに奇跡」だと感じるそうです。幼少期から感じていた孤独から離れ、仲間とともにいることでこれまでに失った関係を埋めることができるとのことです。スタッフとして今、苦しんでいる仲間に寄り添い、「命のバトン」を手渡していきたいと力を込めて語ってくださいました。
基調講演は、前述の成瀬暢也先生のお話でした。これまでに何度も「ひまわり家族会」で講演をしていただいています。「依存症はだれでもなりうるありふれた病気」であり、「意志の問題」「がまんの問題」ではないことを改めて考える機会となりました。
依存症治療における誤解と偏見は、社会のあらゆる場面でみられます。根性論や理性、素行の問題でなく「病気」だと認識することが社会に求められることではないでしょうか。回復には適切な治療と支援が必要です。日本では、薬物使用は「犯罪」とする「スティグマ(負の烙印)」が強く、回復後でも社会の偏見にさらされます。
「依存症」の最大の問題は「ストレスに弱くなっていくこと」です。それは「やる気のなさ」や「甘え」と捉えられ誤解されていきます。「依存症」を正しく理解することが重要です。
成瀬先生は長年「ようこそ外来」を推進されています。外来受診したことをまず評価し、歓迎の気持ちを伝えること。通報しない約束をすること。本人が問題に感じていることを聞き取ること。本人がどうしたいのかに焦点を当てること。これまでの問題を整理すること。本人が困っていることに焦点を当てること。無理に薬物使用を止めさせようとしないこと。安心して相談できる場になるように心がけること。外来で治療が続けられるように配慮すること。信頼関係を築いていくことを優先すること。などに留意しているそうです。
治療としては、解毒・中毒性精神病の治療以外は他の精神疾患と同じプロセスをたどります。
新たな治療の考えとしては、「依存症に否認があるのは当然。『そこ突き』を待つのではなく動機付けを積極的に行う。」「動機付け面接法や随伴性マネジメントなどを使った介入を行う。治療の中心はリラプス・プリベンションであり、患者の危機を明らかにして適切な対処方法を身につける。」「自助グループへの参加は重要であるが、参加できない場合でも、他の有効な治療手段を積極的に導入する。」「『依存症は慢性疾患である』という認識に立って、患者が脱落しないように配慮する。」ことが大切だということです。
多くの依存症患者は「苦しいからクスリを止められない。」と言います。「止めないのではなく、止められない。」のです。「依存症」は、メンタルヘルスの問題です。依存症患者への望ましい対応は、「敬意をもって接する。」「患者と医師は対等の立場にある。」「患者の自尊感情を傷付けない。」「患者を選ばない。」「患者をコントロールしようとしない。」「患者のルールを守らせることにとらわれすぎない。」「1対1の関係づくりを大切のする。」「過大な期待をせずに長い目で回復を見守る。」「患者に明るく安心できる場を提供する。」「患者の自立を促す関わりを心掛ける。」などです。依存症は「健康なひとの中で回復します。」と認識することが重要です。
家族の役割としては、まずは「依存症について学ぶこと。」問題解決のための知識を得ましょう。「依存症者に対する適切な対応を身につける。」適切な対応が本人の変化を生み出します。「家族が元気を取り戻すこと。」同じ経験をしている仲間と出会うために家族会や自助グループに繋がりましょう。疲弊していると本人への対応ができません。家族も病んでいます。依存症者と同じ問題を家族が抱えていることが多くあります。
依存症の治療・支援が遅れている日本では、その負担を一手に引き受けているのが家族です。家族も孤立していき、患者と同様に問題を抱えて深みにはまります。これまでの家族支援は、患者に「止めさせる。」ための支援でした。これからは、孤立し疲弊した「家族を主役」とする家族自身への支援が中心となります。家族と共謀して患者に止めさせる時代は終わりました。
「ひとと信頼関係が築けないために、ひとに癒されることができないこと」が、依存症患者のもつ最大の障害です。依存症は人間関係の問題です。回復とは、信頼関係を築いていくことです。わが国の依存症者が回復を望んだときに、あたりまえの支援を受けられる日が来ることを切望します。そう締めくくられました。
優しい口調の成瀬先生の、暖かい、そして力強いメッセージ。多くの方の心に残ったことと思います。
Q&Aセッションは、ファシリテーターに国立精神・神経医療研究センターの片山氏を迎え活発な意見交換となりました。登壇者には横浜ダルクの施設長山田氏、スタッフのソウ氏、湘南ダルク代表の栗栖氏、そして成瀬先生を迎えました。
会場やZOOMからの質問に答えました。
一番の話題になったのは、「生きる力とは何か?」でした。
成瀬先生は、「一人で生きて生きることではなく、信頼している人とともに自分の思うように生きていけること、苦しくなっても支えてもらって生きていく力。」と話されました。山田氏は「自分の生きる力や今日のエネルギーは、以前はクスリだった。やりたいことしかやらない。それが生きる力だと思っていた。選ぶ余地がなくなってダルクに入った。楽しいやうれしいだけでは成長しないことが分かった。自分で選ぶだけでは手に入らなかったものが今は手の中にある。」と話されていました。ソウ氏は、スピリチュアルな回復が生きる力だと言います。絶望の中にいたときは、前向きな生きる力は持てなかったといいます。祈って自分を超えた力に「ゆだねること。」だそうです。亡くなられたお父様に水をお供えするときに、自分の心にも水をあげる感覚があるそうです。栗栖氏は、平安の祈りのなかの「変えられないものを受け入れる落ち着き。」を自分で受け入れることができるようになったことが生きる力になっていると言います。幼少期は親に認められることだったが、今は自分を受け入れることができるようになって生き易くなってきているとのことでした。
家族にとって、生きる力とは?やはり家族の世話を焼くことに自分の生きがいを置くことではなく、自分の人生を自分らしく生きることができるようになることでしょうか?
最後に成瀬先生の言葉がありました。
「回復は誰かが決めるものではなく、本人がのびのびと生きられること。人として対等に生きること。」
誰かの回復につながる一日であれば幸いです。