5月23日(土) 横浜ひまわり家族会研修会

講師:群馬ダルク代表 平山晶一氏
施設長 福島ショーン氏

今回の研修会は、群馬ダルクから、お二人をお招きしました。
ショーンさんは、アメリカでの研修を終え、その時の様子を教えてくださいました。ホームレスが100万人、薬物中毒者がウロウロさまよっている街。NAや、施設は進んでいると思っていましたが、若い人はつながれるが、年配者はつながれないという現実だそうです。

平山プーさんは、この1年で、ダルクの先輩方が亡くなってきている現実や、春先の落ち着かない施設内のことを教えてくれました。良い話としては、自分のクリーン年齢と同じ年の姪御さんが結婚され、式に参加できるたことの幸せ、ハイヤーパワーとプログラムの素晴らしさを教えてくださいました。
お二人の近況からはじまった今回の研修会では、「僕らを知って理解してもらい、手放してください」というお話でした。
家族がこれを知り理解することはどれほど必要なことがわかる研修会となりました。

1.アディクションは、心の中に語りかけてくる。。。病気の声は、いろいろな言葉をささやいてくる
薬物やアルコールを使っているときは………
・楽しんでいるだけだ,だからいいじゃないか
・リラックスするだけなんだから。。。。
・ビールしか飲んでないから。。。
・覚醒剤じゃないから。。。
・合法な市販薬だから。。。
・注射じゃなくて炙るだけだから。。。
・処方薬で、病院で処方してもらってるから。。。
・自分は依存症じゃない、あんなに酷くない
・本気になれば、いつでもやめられる
これらの声に負けてしまうのです。
体の不調で痛み止めが病院から処方されたとしても、これらの思考が出てきて、危ないという現実です。

2.アディクションは、モラルと判断力を低下させる
依存症の人は根は悪くない人が多いです。むしろ繊細で、優しい人が多い。しかし、使うことにより、飲むことにより、めちゃくちゃな行動に出ます。使い続けるにはモラルと判断力を低下させないと、使い続けられないのです。使うために、盗む、騙す、ひきこもる、暴れるなどの行為をするのです。しかし依存症者だからといって何でもしていいわけではないのです。

3.病的な状態を保つためには、イネイブラー(病気を指示してしまう人)が、必要
これは、イネイブラーがいないと、病気のなかにいられないということです。本人が責任を取らなくていいように、周りが動いてしまうことは、回復と反対に、病気を悪くします。イネイブラーは「この人のことを一番知っているのは私だ」と、思っています。しかし実は知らないことが多いのです。そして、親が手を放しても、本人の周りにほかのイネイブラーがいれば、同じ事が(悪化)起こります。

4.「恥」の感覚が染み付いている
依存症者は、自己肯定感が低く、常に「恥」の感覚があります。
このため、自分を隠し強がります。使う飲むなどの依存行為により、違う自分になれたり、同じような人のなかにいることができ、楽しく感じられます。しかしこの状態は長くは続きません。むなしさがこみ上げ、嫌な自分に戻り、誰かのせいにする思考になり、さらに依存行為が、ひどくなります。
「恥」をのりこえることは、非常に難しいことです。マイナスからのスタートになるのだから。。。

5.愛情を注ぐだけでは本人は変わらない
依存症者との生活の中で、何をやっても、なせかうまくいかなかった親は多いと思います。子供は親を上手く利用します。そして親は「私が〜だったから」「私のせい。。。」と思うようになります。
これは違います。本人の行動、思考は依存症という病気のせいで何もかも上手くいかないのです。一方で、イネイブリング(依存を助長させる行動)は、本人の病気を悪化させます。これをしないこと、その方法を学ぶために、昔のこと(失敗)を思い出し、学んでいくことが大切です。これが親の本当の愛情です。

6.依存症は家族の病気であり、家族を巻き込む
家族は。。。
・本人を恨む
・家族同士のイネイブラー
・兄弟、姉妹のいざこざ
・本人を攻める
・本人が機嫌を損ねないように振る舞う
。。。という行動を取ります。家族が病みます。家族が病まないためには、対応を変えていく必要があります。

7.本当に家族が正しいことをするならば、依存症本人は一時的に反発します。
家族が境界線をひき、イネイブリングしないことが何より大切です。

<Q&Aセッシ>ン

Q:31歳、彼女ができた。、息子の依存症のことをどうやって伝えるべきか?伝えたほうがいいのか?今後の付き合い方は?

A:再発の原因の一つに恋愛(失恋)があります。家族は口出ししない、関わらない、事がいいと思います。本人が治療をしてなければ尚更。そして、依存症的なやり方で接していきましょう。また家の中に入れず会うなら外で会うようにしましょう。

Q:本人は21歳。入寮している施設のフォーラムに行く予定。施設長からはOKをもらっているが。。。注意点は?

A:変な約束事は口にしない。よい居場所を見つけたね。。とだけ言う。

Q:若い本人(未成年)の施設での受け入れや対応、家庭内での対応を聞きたい。

A:10代でも距離の取り方は同じ。家族内、施設内ではルールを守ってもらう。
尻拭いはせず本人に責任を取らせる。
ルールに添えないならサポートできないと伝え、しっかりそれを守る。
具体的なやり方は家族会に通い、学ぶ。簡単なことではないが、覚悟をきめて。

あっという間の2時間でした。私たち家族は常に苦しさの中にいます。それでも家族会に通い、このような研修会に参加して、仲間と気持ちを話していくことで、少しずつ好ましいやり方や、自分の気持ちを楽にできる方法を学んでいきます。

今年もありがとうございました。学びの多い時間となりました。

5月9日(土)横浜ひまわり家族会 研修会

講師:NPO法人八王子ダルク家族支援事業SMILE、国立精神・神経医療研究センター
近藤あゆみ先生

テーマ:「非暴力的コミュニケーション〜Nonviolent Communication」(NVC)

今回の研修会は、近藤あゆみ先生をお招きしてお話を伺いました。
先生は5年前大病を患い、自分がたくさんの人に支えられている事に気づき、病気で療養の間、時間がゆっくりと流れたそうです。それにより、それまで忙しく自分の行動の向きを考える間もなく働いてきたこと、自分は何を大事にして一生を終えたいか。。と考えたそうです。そしてそれは、人とのつながりを理解し、理解されること、つまり安心、安全を感じられる生き方をしたいと思ったそうです。

いままでのスキルとしてのコミュニケーション術ではなくて、もっと奥深いその部分を知りたいと思い、マーシャル・ローゼンバーグが創始者である「NVC」を勉強していったとのことでした。

・自分が求めるものは思いやりであり、自分と人が心の底から与え合い、気持ちを通わせること
・相手を評価したり決めつけるのではなく、自分が抱いている感情と自分が必要としていることに耳を傾ける
と、マーシャル・ローゼンバーグはいっています。

①自分の感情に目を向ける
私は何を必要としているのか、相手は何を必要としているのか、それが分からないと心を通わせることはできない
②心理的境界線の維持とそれを維持しながら心を通わせること
③ニーズを知る
ニーズとはその人が大切にしている価値観です。それが認知され満たされたときにポジティブな感情が、逆に認知されず満たされなかったときに、ネガティブな感情が生まれます。
④自分の感情、相手の感情
ニーズが満たされたとき、満たされない時(犯された時)、それぞれの感情が生まれ、そのニーズにめをむけることが、必要です。
つまり、感情とはこのニーズを教えてくれるものてす。例えば「ムカついた」という感情が生まれたときは、その瞬間、大切にしていたその人のニーズが認められず犯されたと、理解します。そのニーズを満たすためにやれることがあり、感情の見方も変わってきます。

基本的な話のあと、ひまわり家族会のメンバーの事例をあげて、ワークをしました。

1.深呼吸して、目を閉じて
2.自分を責めず
3.自分の心と身体に目を向け
「私は悲しい。なぜなら私の大切にしている◯◯が、満たされず悲しいんだ」とちゃんと悲しみます。
(自己共感)
その時相手はどうだったかな。。と考えます。
(他者共感)
そして、自己を表現し、対話、繋がり、理解へを導かれます。

自分で自分の感情をわかってあげることが、他者を感情を想像し、理解していくことになります。ーーーーーーーーーーーーーーーー
自分の感情がなぜこうなのか。。。それは何がみたされたからか、何が犯されたからなのか。。。という考え方をしたことがなかったので、とても面白い話を聞けたと思いました。あゆみ先生の研修は、その日から、私たち家族が何かをできる内容だと思います。私たち依存症の家族たちはいつも不安や苦しみなど、ネガティブな感情に支配されます。その感情に飲み込まれることなく、幸福感も感じながら生きていきたいものです

4月25日(土) 横浜ひまわり家族会研修会

講師 相模原ダルク 代表理事 田中秀泰氏
スタッフ コマさん

4月の研修会は、相模原ダルクの田中様とスタッフコマさんにお話していただきました。全国のダルクそれぞれに特徴がありますが、相模原の特徴をまじえて、家族のありかたなどをおはなしくださいました。
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✩田中さんのお話
相模原ダルクは、13年前に田中さん、ほか3名で開設しました。この間出入りはありましたが、450人の依存症者たちに手を差し伸べてきました。その中で、卒業者の弾薬率は、90%と高い数字になっています。
@相模原ダルクの特徴
①「24時間の見守り、共に過ごす」
初期段階で入る寮は、共同生活です。買い物も1人では行かせないといいます。常に誰かといる安心感が大切ということです。
②社会に出てからもフォローする手厚さ
卒業したら、はい終わりではないということです。声かけや、ミーティング等、卒業してからも共に生きていきます。
③家族会
本人の回復と同じように大切なのが、家族の回復です。入寮している家族もいればしていない家族もいます。ダルクが運営する形で、会の前半は講師による勉強、後半は家族でのミーティング。
家族は、正しい知識と気持ちを楽にしていくことが大切です。
④教育
第1次予防
学校教育がこれにあたります。やってしまったらやめられなくなる人がいること、相談先があることを、学校に出向いてお話しています。
第2次予防
早期発見、早期治療です。ダルクへの通所による介入がこれにあたります。
第3次予防
全寮制のダルクへの入所となり、ここでは色々な方面から回復に向けて一緒に歩んていきます。
@家族にできること
家族は巻き込まれず、やってあげないこと、本人が自分で理解できるようにすることが大切です。
(突き放し、知識の習得)

@「突き放し」について
昔のように、たんに突き放すだけではだめです。家族は「この人なら任せられる。この人とともに一緒にやっていく」と、信じられる人を見つけ、その人と連携して、その時を待つことです。きちんと準備をすること。ダルクの職員などとあらかじめ相談しておき、いざ、本人に助けが必要となったときに、直接的にダルクに介入してもらい、家族は少し離れて見守ることが大事です。本人のために「きちんと突き放してあげること」が大切になります。

@失敗とは。。。
ダルクの中で失敗していいのです。

@相模原ダルクの寮について
先にお話したように、初期段階では共同生活の全寮制の寮に入ります。その中で過ごす本人のすがたを見て、スタッフ達が、相談して、次の寮への移動を提案し移動していきます。
初期段階ではあくまでよりそってもらい、社会生活に戻れるように少しずついろんなこと(スマホなど)が許されていきます。

@ステップ制度
いつになったら〜できるのか。。。と不安なままの生活ではなく、相模原では、ステップ制度で明確にその位置を決めており、自分が世話をしてもらうところから、やがて世話をする立場になり、さらにはグループや寮を任せられるようになっていきます。個室、スマホなども持てるようになります。。

@PAWS(ポーズ)を理解する
薬を止めてから出てくる症状。うつ、怒る、不眠、イライラなど。。。
これは薬をやめたからこそ出る症状である事を、それぞれが理解することにより、その症状で苦しんでいる仲間を見守り、共に生きていくことができるようになります。

✩スタッフ、コマさんのお話

少年時代からスポーツ、勉学と頑張ってきたコマさんは10歳の頃から強迫性障害に、悩んできました。家族にも言えず多感な小、中学校時代に苦しみました。
高校に、進む中、野球部員としても頑張りました。お話を聞いていると、常に頑張っていたんだなぁと言う印象を持ちました。大学生の時、クリニックに受診しお薬をもらうようになり、少し落ち着いてきました。
その後就職先でも頑張り続けます。早期に昇進し、頑張り続けた糸が切れてしまいます。上司に強要されて不正経理もやり、不安のなかアルコールがそれを助けてくれるとえる日を迎えました。あとはウソ、お金の使い込み、飲酒運転と、お決まりコース。たくさんの失敗をして、苦しいけど離婚、そして退職を決め、相模原ダルクに繋がり、今はスタッフをやっています。
頑張りやすい人、優しい人が依存症になる。。という話を、私たち家族はよく聞きます。コマさんもきっとそんな頑張り屋さん、そして優しい人なんだろうと思いました。心に響くお話でした。

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お二人の話を通して、家族がやるべきこと、そして相模原ダルクの様々な特徴を学びました。また依存症はだらしない人や、意志の弱い人がなるわけではない。。。ということも再認識しました。
ありがとうごさいました

3月21日 ひまわり家族会研修会

講師:栄区生活支援課長 新海隆生氏
テーマ:横浜市の依存症支援について
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依存症は、まずその回復を優先とすることとされています。その人々の生活を保つために大切な「生活保護制度」。今回は新海さまにその制度と支援について教えていただきました。
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生活保護は、人が生きていくときに、最低限の生活の基準に足りないときに、その部分をだしてくれるものです。本人の申請によって、得られるもので、国民にとっては権利となります。その一方で義務もあります。例えば病気についての申告や、生活の向上につとめる。。などです。
本人の申請により、すすめられる手続きのなかで、役所としては「公平性」の基盤の中、調査へと進んでいきます。
さて、「自立」というのはどういうことでしょうか。
いま依存症の他にも社会的に問題となっている「ひきこもり」も、かつては「自分勝手な!」「なまけもの!!」などと言われていました。
今はまず、どうやったら外に出ていけるのか。。。から考えなければならないとなっています。
自立はそれぞれその人が、『安心して、能力を生かして、幸せに生きる』ことなのです。自分ではまだ生活を成り立たすことのできない人たちに、その基盤となれるように、生活保護費が支給されることとなります。
社会の中で生活できなくなった人は社会の中で助けて何とかしていこうという考え方です。また、生活保護制度のほかにも、生活困窮者支援制度や、就労支援の制度もあります。経済的にこまったら、まずは相談しましょう。

Q&A

①ダルクに入所の場合、生活保護の相談先は、住所のある役所か、ダルクの所在地の役所か?
A:入所しているダルクが、福祉サービス(グループホーム)の指定を受けているかによる。まずは相談者近くの役所に相談してみると良い。

②本人が手続きできないときは?
A:親でよい。本人の書類などは後日でいいので、まずは申請をすること。その際に持ち物などは役所に確認するとよい。

③高校生、ダルクに通所しているが、使えるサービスはあるか?
A:障害福祉サービス。依存症のことについて、精神科受診し、診断書をかいてもらうことが必要。

④タルクを卒業した人の支援制度
A:その人その人によって必要な制度が違う。賃貸物件を探すときに、敷金や礼金が必要な人、保証金や、火災保険料はどうするのか。。。
また家賃滞納による退去がないように代理支給といって、生活保護費の中から、大家さんに保護費の中から、家賃をまず払う、ということもできる。

⑤身体的に申請しに役所にいけない人は?
A:サポートをつけて申請しに来ることもできる。民生委員や、信頼できる人など。民間サポートもあるが、善意の人だけではないというのも現実。気をつけてほしい。

⑥教師の立場から。。。どの家庭が生活保護なのか、教師にもわからない。進学支援相談の時に、比較的学力に左右されないサポート校を選んだ家庭が、生活困窮家庭であった。サポート校は援助が受けられない。各家庭にそういった情報をきちんと伝えてほしい。

まとめ。。

生活保護は、本人の生活をほしょうするもの。それが必要なくなったら、自立していけばよいこと。逆に、その制度が必要な人へは、支援を辞退させないように取り組み、援助をしていく必要があると考えます。。
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依存症者は借金、働けないなど、回復の途上や、回復してからもお金の問題は尽きず、回復はし続けていかなくてはなりません。そして、私たち家族はその部分においては直接助けることはできません。生活を保障してくれる経済的支援の制度を、私たち家族も理解していくことはとても大切なことだと思いました。
なかなか理解しにくい制度のお話を分かりやすく説明してくださいました。

ありがとうございました。

2026年1月24日(土) 横浜ひまわり家族会研修会

講師 NPO法人アパリ理事長、国士舘大学法学部非常勤講師、条件反射制御法学会理事 尾田真言先生

講演テーマ 「薬物依存治療を拒否する本人に回復プログラムに取り組んでもらう方法」

私たち家族は、否認し続ける薬物依存症者本人が、回復の道のりにのるにはどうしたら良いのかと、常に悩んでいます。今回の研修会では、アパリで、司法サポートをされている尾田先生にお話を伺いました。
薬物使用の中で、それによる犯罪を犯し、捕まった時は、家族はショックを受けます。しかしその時こそが介入し、回復の道すじを見つけるチャンスです。仮釈放中から、プログラムに取り組むことは、裁判での一定評価にも繋がります。 薬物の種類により、幻覚、妄想の出方は違います。又、大麻使用者は、体に悪くないという意識が強い人が多いのですが、現実には身体への悪影響、幻覚が出るものと思っています。 1980年代の依存薬物は、シンナーが1位でした。今はほぼいないです。 また「死」に一番近い薬物は「ガス」です。 一時、突き放す、親が身を隠すなどの言葉がありましたが、「ガス」に関してはそれをしてしまうと「死」につながってしまうことも少なくないです。 やっていいこと悪いこと、家族は意識することが必要です。 又、借金については、専門家のアドバイスにより、色々な方法がありますのできちんと相談しましょう。

アパリでは数々の相談のほか、刑務所からの仮出所の際などに迎えに行くことを原則としています。またダルクの体験入寮の付き添いもします。これは「ここならいいかな」と本人に思ってもらうためです。 ダルクによりその特徴は違います。どこがその人にとって合っているか、幸せになれるかを考えています。 数々のダルクに移りゆく方もいますが、その様々な体験が回復の力になるとも思います。

<質問の中から>
◇「ミーティングの意味について」
1.人の話を聞くことにより、自分の問題の本質を知る
2.長年やめ続けているモデル(回復者)が近くにいることにより、回復とは何かを知るようになる
3.そして、回復のための行動ができるようになる
◇「重複障がいによる内服について」
本人が拒否しない限り、その薬は必要。内服していたということは、その薬が必要だから処方されていたということ。

アパリでの援助は、入り口支援の必要性を感じたお話でした。私たち家族にとっても、やるべきことのヒントがたくさん込まれていたと思います。
ありがとうございました。

2025年7月26日横浜ひまわり家族会研修会


講師:横浜保護観察所 統括保護観察官野沢暁生氏

今回の研修会は、横浜保護観察所で、執行猶予中の薬物事犯者の更正指導にあたっている統括保護観察官、野沢暁生氏のお話でした。
更生保護とは、犯罪や非行の予防と、その再犯防止、更生とともに、社会復帰へ導いていくことです。
又、矯正施設内処遇から社会処遇(社会の中で暮らしながら更生していくこと)に移るとき、それを円滑に移行するという、大切な役割があります。
さらには、犯罪や非行から、社会復帰までの流れの中で、保護観察、執行猶予がついたとき、出所後の受け入れ先の調整、保護司との調整も大切な仕事となります。
 保護観察官には、多岐にわたる業務がありますが、各観察官の仕事内容に、偏りがないように、各業務にわかれているとのことです。

数々の犯罪の中で、薬物事案は再犯率も高く、各薬物によって対象年齢の違いもあります。覚醒剤は、成人の方が少年よりも使用率、再犯率が高く、大麻に関してはその逆で、若年層の使用率が高いです。そういった、薬物依存症の人たちに行うプログラムに関しての業務も多岐にわたり、外部の部署や施設関係者との調整、当事者に対する、処遇、そしてそれにまつわる事務作業と、保護観察官の仕事の多さに驚きました。日本では、薬物に対しての社会のスティグマが高く、理解のされにくい事案となります。まだまだ薬物依存症者を排除しようという傾向もあり、大きな課題と言えます。

また、大麻使用罪もてきたことにより、使用してしまう苦しさを相談できずに過ごしている当事者が増える中で、規制するということが先行しています。依存症者、犯罪、非行などに対する考え方を変えていくことの難しさを感じています。そして、援助的な考えを広めていくは。。。ということがも今後の課題です。
本人は刑務所内や、保護観察中に、義務的にプログラムを受けますが、家族も引受人会で勉強をさせてはどうか。。との質問が出ました。本人と同じように家族がプログラムを受けることで、依存症は病気であるというこをきちんと理解ができるのだと思います。家族が変わると本人も変わる。。というのは、どこでも聞くはなしです。

しかし実際は引受人会での家族用のプログラムはなかなか難しいのが現状だそうです。これは保護観察官の仕事が多く、なかなかそこまでは手が回らないということですが、家族に対して援助している家族会や、家族の自助グループに繋げ、家族にも回復のチャンスが訪れるよう、連携をしていくことが大切で、そこはすでに行ってくださっているとのことでした。
 今回の野沢様の話の中で、多岐にわたる仕事内容のなかて、常に依存症者に寄り添い、動いてくださっている保護観察官の皆様のことが少し理解できた気がします。
ありがとうございました。

2025年6月28日(土)横浜ひまわり家族会研修会

6月の研修会は、DARC茅ケ崎代表の藤村現氏、施設長小宮勤氏でした。
まず小宮さんからのお話です。
神奈川県小田原生まれです。会社を経営されてるご両親のもとに、2人の姉の下に長男として生まれた小宮さんは、その立場から、いろいろな思いを感じてきたそうです。
社員や取引先の人たちからは、「坊ちゃん」と呼ばれ、父親より、そういった人が遊び相手でした。
家族に対してはいい顔をしてやり過ごし、心の中では、素直に受け止めることもできず、大人びた言葉で返す子供でした。
人のモノが欲しくなったら盗む、脅して奪うなどで自分の欲求を満たし、自分自身を保ってきたとのことでした。
親には言われていないのに、家を継ぐということにプレッシャーを感じ、家に居場所を見つけられず、小学生のころから家出を繰り返しました。
・・・中学、高校・・・そして、薬物・・・
中学では体も大きくなり、バイクを盗み、乗り回し、行動範囲が広がっていきました。そして、高校進学も、「どうせ、プロにはなれない・・・」と、サッカーでの推薦を蹴り、家業に役立つようにと工業高校に進学しました。
16歳で薬物に手を出し、その不良仲間をかっこいいと感じ、その中にいる自分に価値観を見出します。
そこでの付き合いやふれあいで自分を保てたとのことです。
その後使用頻度が増え、21歳で、覚せい剤を使用しました。それまで、何となく使っていた薬が、初めて、「良い物」と、認識します。これもまた使用頻度が多くなるにつれて、お金が足りなくなってきます。

友人をだまし、脅し、薬物第一になったからだと心はいろいろなものを奪っていきました。23歳で借金もしましたがそれは、父親が「尻ぬぐい」してくれたとのことです。
・・・逮捕、回復へ・・・
そんな日々が変わる時を迎えます。27歳で初めて逮捕されて、その時は「これでやめられる」と、ほっとしたそうです。
留置場の中でどうしたら辞められるかを、初めて考えることになります。
その頃家族は家族会につながっており、「家には帰ってこないでほしい」と、言われたそうです。釈放後行く当てもない小宮さんに声をかけてきたのは、昔の薬物仲間だけでし
た。そのまま再使用し、死にたい、助けてほしいと、家族に連絡をとりました。「ダルクに行くなら助ける」と言われ、小宮さんの回復が始まりました。
・・・・人との繋がりと縁・・・
家族会に繋がっていた家族は、本人への正しい対応をみにつけていました。そして、小宮さん本人は、その時々、数々のタイミングで受け取ることができました。先ゆく仲間の笑って生きる姿が12ステップとともに自分の中にも入ってきたそうです。
回復とはシンプルに「仲間と同じ事をすること」だそうです。回復者として、そしてスタッフとしてもたくさんの経験を積み、今は施設長として、伴走者として、依存症者により
そって日々忙しくしています。結婚されて子供も生まれたとの事。
最後の、病気とうまく付き合うことができる、病気を出さずに生きる、自分の弱さやパターンを、ミーティングで振り返る・・というお話は、私たち家族にも共通する話だとおもいました。

◆次に、藤村さんのお話です◆

藤村さんのお父さんもお母さんもそして兄弟も福祉関係の仕事についているそうです。勉強を強要されず、わりと自由に育てられたとのことです。ただ、きちんとした正装で撮る、家族写真が嫌だったという記憶は強く残っているそうです。
小さいころから手癖が悪くうそをつきだまし取ることを、悪いことと認識していなかったとのことです。プログラムをやるようになり、自分は薬が問題だと思っていたのが、
小さいころのことを思い出すと、その頃から問題は始まっていたとに認識したそうです。
・・・問題は家族の中に・・・
アディクションは、アルコールやたばこから始まるといわれていますが、藤村さんは小学生でたばこを吸っても、こんなもんか、と感じ、また、ビールの泡をなめたりしてい
ました。
・・・小学校、中学校・・・
1時間もじっと座ることができず、授業を抜け出す子供でした。しかしスポーツはすきで、人気者だったそうです。
4年生で転校することとなり、転校先ではじめてたばこを吸い、それでもサッカーもして過ごしました。
中学は不良ブームで徐々に非行に走りました。その先輩に誘われて、シンナーを使い始めます。まわりに弱く見られたくないといった思いからでした。その後は両親、大人の言葉は耳に入らず、悪い仲間の言葉だけを信じて、生きるようになります。
・・・17歳で覚せい剤・・・
やめたくてもやめられず、自尊心や、気分が落ち込み、その気持ちからのがれるためにまた使うという繰り返しになっていきました。
依存症は家族を巻き込む病気です。そんな中でも母親はいつも「これから、どうしたい?」と、怒らずにきいてきました。
親が家族会に行き、正しい親の対応と、距離の取り方を学んでくれました。そして、いわゆる愛のある「突き放し」を、したそうです。それが、ダルクに行ってみようか…と
考えるきっかけに、なりました。
35歳で初めてダルクで「依存症という、病気だよ」と言われたときは、救われた気持ちだったそうです。自分から、遠くに行きたいと、沖縄にわたり、そこから回復が始まり
ました。
依存症という病気は常にきもちをネガティブにもっていきます。新しい仲間は一番辛い。。。そんな気持ちを理解して、代表として過ごされています。最後に「シラフでいれば、本人も、家族も幸せ。。。」との言葉をいただきました。

今回も、お二人の話から、家族としての在り方のヒント、また私達にはなかなか理解できない、依存症者としての心の中の声をたくさん聞くことができました。私たち家
族も、少しずつ前にむかって歩いていけるように、家族会に参加していきたいとおもいます。

2025年5月24日(土)横浜ひまわり家族会 研修会


講師:群馬ダルク 
施設長 福島ショーン氏、代表 平山 晶一氏、 

5月の研修会は、毎年来ていただいているお二人のお話でした。私たちは楽しみにしていますが、お二人も毎年楽しみにしてくださり、また、自分の成長にもつながっているとの事で、大変うれしく思います。お二人が行ってくださるプログラムは、家族参加型です。なので私たちも聞くだけではなく、考え、発言し、仲間の話にも耳を傾けて、今からすぐに実践できることを、教えていただけます。 今回の研修会の内容は、依存症本人には、「これだけは言わないほうがいい言葉」についてです。 私たち家族は、依存症の家族に対して、なぜ?どうして?と常に思ってしまいます。そしてそれは、家族にとっても本人にとっても、とても辛いことなのだと思います。依存症本人は、再発と失敗を繰り返します。その時突き放す一辺倒ではないということも今は、言われるようになってきました。今回は、言わないほうがいいという言葉を学ぶとともに、依存症者 を理解できるようになる研修でした。家族が本人と話すときの言葉、又その時の思考を、どのようにすればお互いに傷つかず、少しでも良いほうに向かうのかを教えていただきました。

『依存症本人に言わないほうがいい言葉』

⑴ [また?
依存症はWHOで認められている病気にも関わらず、世間には病気と認めてもらえず、本人や家族でさえもそれを認めることが難しい病気です。それは検査結果に出るわけでもなく、精神論で理解しようとするからです。ですから失敗や再発した時に、家族は「またそんなことしたの?」「また問題おこして!」と言いがちです。依存症は再発する病気です。失敗する病気なのです。家族はそこのところを理解できてくると、本人がどうというより自分が楽になり、また本人にもつらい言葉を投げかけなくなるのではないでしょうか。本人は、誰よりも、「治さなければ」「何とかしなければ」と、思っています。何か起きたとき、家族は、良いも悪いも言わず、「こういう病気なんだ」と思えるよう学んでいくことが必要です。もし何か言うとしたら・・・。「あなたの頼るところは、ここ(家族)じゃないよね。」「病院や、自助グループは?」などを選んで、話しかけましょう。時として離れてあげましょう。離れることで、本人が生きるコツを覚え、自立に近づくことができます。

⑵「がっかりした」「頭にきた」
 この言葉も私たちは言ってしまいがちです。これは本人に対する期待と理想が大きいために言ってしまう言葉です。依存症本人は、生きづらさを和らげるために、使い、飲み、依存行為をします。それ以外の楽になる過ごし方を知らないのです。そして、失敗や再使用があったときは、誰よりも本人ががっかりしています。また、依存症物質や行為が止まれば、すべてがOKでしょうか?それは、違います。本人は使っていてもやめても、心も体もボロボロなのです。

⑶ 何度も繰り返し同じこと(アドバイス)を言う
 家族は、良かれと思って、また、ここぞとばかりに同じことを何度も言うことがあります。しかし、それをしたところで、良い結果がうまれたでしょうか?うまくいかなかったのではないでしょうか。そんなことを言いそうなときは放っておく、その場を離れることもいいでしょう。自分のやり方、言い方を変えて、家族会で学んだやり方をしてみましょう。がみがみと長いこと同じことを言っても本人は「早くその場を去りたい」と思うだけだそうです。アドバイスしすぎると、本人が学び自分で解決する力をつけることを、妨げてしまいます。

⑷ 「意志が弱い」「根性がない」
  依存症は気持ちや精神論では戦えない病気です。しかし、治療すれば、いろいろなものをとり戻せます。なぜ、やめられないのでしょうか?・離脱の苦しみ
 やめるのも、やめることに立ち向かうのも辛く、肉体的にも、精神的にも辛い時期があります。それでも、仲間の中で、仲間とプログラムをやり続けることで、いろいろなスキルを学び、様々な安定を、手に入れていけます。

・重複障がい

 診断されている、いないにかかわらず、重複障がいがあると、同じ失敗を繰り返すことが多いです。それにより辛さが増し再発しやすくなります。障がいを理解し、依存症の症状が落ち着いたところで、発達の治療をしましょう。・社会的、個人的スティグマ社会が依存症に持つレッテル、そして、本人の中にある自分にレッテルをはること、これにより、本人は「どうせ、自分なんか」と、言う気持ちになり、再発しやすい状態になります。

最後のQ&A
・マリファナは、軽い薬物ではない
・本人は使う理由を、使う言い訳にする
・女性の回復の仕方は、トラウマが関係していることが多く、難しい

 お二人の研修を聞き、依存症という病気の深さを、あらためて痛感しました。同時に私たちにできることは、何かということも再認識できました。家族が言ってしまいがちなことを、言わない、ほかの言葉で言い換える、言わないで離れる、心は差し伸べてもすべてに手を出さずみまもる・・・。そして、家族会で正しい知識を身に着け、仲間とともに学んでいけることの、大切さを感じました。 また、来年も楽しみにしています。

2025年4月26日(土)ひまわり家族会研修会


講師/上野ダルク 理事 篠原 義裕氏・事務局長 村澤 実氏
新年度第一回目の研修会は、このお二人をお迎えしました。日本ダルク本部から、上野ダルクに変更になった経緯などをご説明いただいた後、順番にそれぞれの人生を振り返りながら、体験をお話しくださいました。
  篠原さんは、お酒を扱う家業に生まれましたが、お酒に弱く、やがてこれがコンプレックスになっていき、酒やたばこを通しての「仲間意識」から、いろいろなものにはまっていきました。まずは、お酒。これは、コンプレックスの初めのものであり、又、手に入りやすく、篠原さんが、クリーンが続かなかった原因にもなりました。そして、大麻。これは、友達が、使っているところに遭遇し、自分から「僕にもくれ」と、言ったそうです。この言葉には、いろんな感情があるとおっしゃってました。友人から、「お前ははまりそうだ。」といわれたとおり、依存症になっていったそうです。
  学校を何とか卒業し、親の勧める寿司や和食関係の職場を転々としたそうです。
薬は止まることがなく、薬を使えば、寝坊、仕事を覚えられない、人間関係をうまく築けない・・・など、様々な問題を生み出しました。
「人との信頼関係」からは、ほど遠い生き方だったのだと思います。その後、実家に戻ったり、入院したりもしたそうです。入院先から、NAと繋がり、普通に働いている人も来る場所なんだと、興味を持つようになります。また、その時出会った保健師さんの勧めでダルクに見学に行くこととなり、少しずつ回復の道のりに乗りました。入寮してからも、回復が進んでからも、施設から飛び出たこともあったそうです。それでもいつの日か「続けていれば、いいことがある」と思える日が来て、今は助ける立場になりました。
  施設を運営すると、いろいろな問題が出てきます。でもそれを解決するためにうまくプログラムを使い、不平、不満を訴えてくる仲間のことが、本当の意味でわっかたとおっしゃっていました。家族、依存症が病気であることを伝え、家族はそれを理解し、今はいい関係に修復できてきているとのお話でした。
この話は、私たち依存症の家族には心に伝わるものがありました。
数々の失敗とともに新しい考え方や人との関係性を築き、長い年月をかけて回復の道のりに進んだ話を聞かせてくださいました。そして篠原さんのご家族の本人に対する対応や、心の底にある信じる気持ちが、いかに大切かということを聞くことができました。
  村澤さんは、お子様の不登校のお話からしてくださいました。自分を責めたこともあり、また、そのことを隠したくなる、自分の親もそう思っていたのかと、心が痛んだとのことでした。中学までは、行けなかった学校も、高校からは心機一転、通学しているとのことです。これは人は変えられないが自分はかえることができ、また娘さんを信じてあげたご夫婦の気持ちが、娘さんに伝わったのかもしれないと感じました。
  村澤さん自身のお話は、「他人に好かれたい、断りたくても断われない、本音を言えない」というところに数々のことが重なり依存症になっていく話を聞くことができました。村澤さんは、中学の頃からお酒は「いやなことを忘れさせてくれるもの」だったそうです。やがて、サッカーの試合前に、緊張をとり、よく眠れるようにと、飲むようになります。本人はそれを、「薬物に反応しやすい体」ととらえていたとのことでした。そして、自分が疲れて休みたいと思っても、友達に遊びに誘われると断わることができず、飲酒したそうです。その後、友達から「ブロン」や、「大麻」を教えられ、使うことで自分の不快感情がなくなることに気づきます。高校はお酒も含め薬物も、たまに使いながら卒業しました。卒業後、広告代理店に就職しましたが、兄のいる会社、周りは大学卒業の人ばかり、年上の人を相手にしなくてはならないなど、多くのプレッシャーがかかり、その苦しみを話せる人がいなかったこともあり、苦しみました。その時頭に「市販薬があった」と使いはじめます.。薬物にお金を費やし、破綻し、盗みをするといった、生活になりました。家族にバレて、その時は心療内科で診断してもらいました。内服薬と家族のかかわりの中、アルバイトをするまでになりますが、また体調が崩れ、再度薬物に頼るようになり、今度は精神科の閉鎖病棟に入ったそうです。入院中に免許の更新で外出した時、使わずに帰れたことで、やめてみようかと考えるようになり、また、家族は家族会で学んでいたことで、少しず
つ回復に向かいました。ダルクに入り、その後も飛び出したりもしましたが、家族は家に入れなかったそうです。また、施設内でも、「今日はやめておこうかな」と思える日ができてきて、人の話に耳をかたむけ、心を開き正直に話すことを続けたそうです。その後回復を続け一度は退寮し、家族のもとで、タクシーの運転手として働きますが、心臓を患ったことでやめて、今の施設での仕事につくようになったとのことでした。
このお二人の話を聞いて感じたことは
①自分(弱点を含めた)を知ることの大切さ
②自分だけで頑張らず、人に頼ることも必要
③依存症のプログラムは、毎日の生活の中で役立つ
④自分の健康な心と体を意識する
⑤家族が家族会で学ぶことはとても大切
ということでした。
  人は、自分にはできる、自分でなんとかしなければ、と思いがちです。特に依存症に関しては自分、家族だけではどうにもならないのです。そして依存症に関する問題だけでなく、生きていれば、さまざまな困難が日常を襲います。病気、介護、依存症じゃないほかの家族にのしかかってくる問題・・・。それらを、自分ひとりでどうにかできる。。と、思わないこと。専門家や、他人にお任せすることが大事で、なおかつ効果があるということ。これらの考え方は依存症のことを学んだおかげです。このことを今回のお二人の話の中から、あらためて感じ取ることができました。そしてそれができたとき、私たちは自分の成長だと、素直に感じ取っていきたいと思います。明日からの「今日一日」を、安心と、希望ですごしていくために。。

2025年1月25日(土)横浜ひまわり家族会 研修会

講師:NPO法人あんだんて 女性サポートセンターIndah(インダー)代表 小嶋洋子氏

横浜ひまわり家族会では2~3名の女性アディクション家族が在籍しており、インダーの小嶋代表の研修会も過去に数回実施しています。今回はひまわり家族会のためにパワーポイントを新規に作成していただき、ご自身の過去の壮絶な経験から、回復のきっかけ、インダー設立の経緯までお話を伺うことができました。2012年のインダー設立(横浜市の許可)から開所までに1年以上を要したとのことで、薬物依存への偏見によって地域から反対の声が多かったようです。神奈川県で初めての女性依存症者回復施設としての功績が認められ、2023年に社会貢献者の表彰を受賞されている。

今回の講話で特に記憶に残っていることを下記します。

(1) 仲間の大切さ。
依存症=コミュニケーション障害、と言われるように、依存症によって孤立することで依存を悪化させてしまう。同じ仲間として、通じ合えることが大切。
(2) 五感を育む。
インダーのプログラムは、ミーティングは一日一回とし、他は創作作業、料理、農作業などを行っており、「仲間と楽しむこと」をモットーとしている。
(3) 女性に合わせた回復プログラム
毎日のミーティングは女性には苦痛である。家事や育児を担っている人は、すべてに参加することは困難であり、自分のペースで参加する方向としている。

女性ならではのゆっくりとした回復、という考え方は有りと思います。
最後に質疑応答にもじっくり対応を頂き、ありがとうございました。